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すばらしき新世界 (5)

 立ちあがったはいいが、そこから先どうするかを考えていなかった。慎と悟に何事かと見上げられ、どうしていいかわからなくなった登和は、イチゴの入った容器を二人の机にのせた。
「えっ、いいの。」
「いただきます。」
悟は言う前から食べていた。三個入りのイチゴを一個ずつ分けるなんて、仲良しみたいじゃないか。嫌じゃないかな、いや、そんな人たちじゃない。
「はいこれ、吉井さんの分。」
悟がイチゴのへたの部分を持って、登和の口の前に差し出した。あんまり普通にそうするので、登和も深く考えずに食べてしまった。
「おいしい?」
登和が頷くと、慎がおかしそうに笑った。
「おいしいって、それ吉井さんのイチゴじゃん。」
登和もおかしくて、口をもごもごさせながら笑った。たぶんすごく締まりのない顔をしていると思う。恥ずかしいな。でもいいや。

 放課後、登和は教室に残って英語の宿題をしていた。部活に入っていないので、授業が終わったらすぐ帰っていたが、今日は委員会活動で放課後の見回り当番がある。三年生の授業が終わるまで、もうしばらく待たなければいけなかった。

  校庭では部活が始まっていた。野球部が大声で声をかけ合いながら守備練習をしている。その向こうでは、サッカー部がドリブルの練習中だ。部活かぁ。やってはみたいけど、自分はこんな調子だから人間関係で失敗しそうだし、夕飯の支度とかおじいちゃんちの庭の水やりとか、家の手伝いもしないといけない。あまり欲張っても、全部がダメになったら元も子もないよね…。

 元気のいいかけ声が近づいてきた。バレー部だ。今日は校外のランニングコースを走る日らしく、部員たちは上気した顔で息を切らして一人、また一人とゴールしている。慎は三位でゴールして、水分補給をしながら、まだゴールしていない部員に声援を送っている。

「ほんと、いいやつだよね。」
登和が驚いて振り向くと、帰ったはずの悟が席に座っていた。
「職員室でノートチェックの手伝いしてた。これ、いる?」
登和の机の上に赤い棒付きキャンディーを置き、悟は緑のキャンディーをなめながら言った。
「宿題?」
登和は巡回日誌の表紙を悟に見せた。
「見回り当番?お疲れ。」
軽く会釈して、登和は窓の外に再び向いた。教室内には他に誰もいないが、席が近すぎてちょっと気まずい。体育館の方へ移動していくバレー部の部員たちをぼんやり眺めていると、背中から悟が言った。
「好きなの?」
登和は固まった。悟を振り返る勇気はなかった。


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