見出し画像

自分でも完全に忘れていたボツ原稿しかも途中までしかない

単行本『オーブランの少女』でデビューした後の2014年に、PHP誌から依頼を受けて書いたショート・ショートがある。「髪を編む」というやつで、それはそれで気に入っているしよくできたと思ってるので、某社の担当さんに渡すことに決まってるのだが、なにげにこの「髪を編む」の前にひとつ全然違う物語を書こうとしていた痕跡を見つけた。

いや、ほんと自分が書いたものってどうしてこう忘れてしまうんでしょうな。

マルウはまだ少女であったが、遊びほうけていても許される時期は過ぎ、家の手伝いをしなければならない年齢になっていた。ところがマルウは、年相応の働きというものになかなかなじめなかった。シーツを干し、部屋に溜まった埃を掃き出し、母親の隣に立って芋の皮むきをし、家族のパンを焼き上げ、お茶の用意をする。だがどれも満足にできず、いつも父親に叱られていた。
 家事が終わると、武器の工場に働きに行った。鉄と火薬のにおいがするごてごてした装置の中でマルウは他の大勢の子供に交じり、捻子を部品にはめる仕事をした。しかしながらその仕事もまたなじめず、マルウは工場区長から叱られ、時には折檻を受けた。他の子供たちはまるで伝染病を避けるかのように彼女から離れ、近寄らなかった。
むしろマルウは、みんながなぜこんなことを普通にこなすことができるのか、理解できなかった。普通に営まれていることが、マルウにとってはどうでもいいことにしか思えなかったのだ。窮屈でくだらない、些末なことだと。
 何とか仕事を終えてやっとわずかな自由な時間になると、少女はいつも四角い包みを抱えて、ふたつ丘を越えた先の原っぱに行った。青々しい風のにおいを嗅ぎながら楡の木によりかかってあぐらをかき、四角い包みを広げる。中から出てきたのは三冊の本と、一本の万年筆だった。赤い装丁の本はマルウにも読むことができるが、青い装丁の本はそれだけでは読むことができない。茶色い革張りの本はほとんどが白紙で、マルウ自身の拙くたどたどしい文字が書かれていた。
 三冊の本と万年筆は、原っぱの近くにひとりで暮らしていた老婆から譲り受けた。老婆は嫌われ、避けられ、恐れられていた。老婆の肌の色は空の色に似た青色で、マルウ自身ももっと小さかった頃はひどく怖がっていた覚えがあった。ただいつしか、怖いと思う理由がなくなり、逆に孤独な者同士の親近感が生まれて、マルウは老婆に近づいた。もしかしたら老婆の背丈をほんの少し抜いたせいで、出っ張った額が陰になって暗い目元や大きすぎる鼻の穴が、見えなくなったからかもしれない。ともあれ、マルウは老婆と親しくなった。半年前、老婆が倒れて動かなくなり、マルウがこの楡の木の根元に埋めてやるまで、ふたりは友人だった。
 マルウは日が傾きはじめてから本を開き、日が完全に落ちてあたりが濃紺の闇に包まれると、本を閉じてしっかりと布で覆い直し、腰をあげて家に帰った。
 父親からのろまで愚図だと叱られながら粗末な夕食をとり、おぼつかない手つきで食器を洗い終え、家族と同じ寝室に横たわると、かすかに肥やしのにおいがする薄い布団にくるまって、今日覚えた言葉を口の中で呟いた。
「――役に立つ。利用する。助ける」
 母親からも工場区長からも、「せめてひとつくらい役に立てる人間になれ」と耳にタコができるくらいに聞かされていた。マルウは自分がそんな人間になれているとは思わなかったし、努力すべき方向さえ見失っていた。マルウにとって重要なもの、これは私のものだとはっきり言えるのは、あの三冊の本だけだった。
 その日も、家事と仕事を終えたマルウは、原っぱの楡の木の根元にいた。背が高くなり、顎や頬はほっそりとして目鼻立ちがはっきりしはじめていた。結婚相手を見つけなければならない年齢になっていたが、貰い手は見つからなかった。娘の器量の悪さを惜しむ両親の苛立ちを、マルウは意に介していなかった。どの男と話してもつまらなかったからだ。
手垢と撚れでぼろぼろになった三冊の本を広げ、じっくりと見比べていると、ふいに誰かの怒声が聞こえた。村の方角だった。マルウは立ち上がって丘の向こうに目を凝らした……村をぐるりと囲う柵に、村人たちがあちこちから駆けつけ、群がっている。マルウは楡の木によじ登り、より遠くまで見やすい位置についた。村の境界から外へと続く道に、人間の集団が歩いていて、マルウの村へ向かってどんどん近づいていた。マルウは木の枝から飛び降りると、本を無造作に脇に抱え、来た道を駆け戻った。


……ここまで。

めちゃめちゃ途中じゃん!!!!!!5年前のわたし!!!!

ぜんぜえん覚えてない。なんだこれ。何を書こうとしていたのかも覚えてない。どういう結末にしようとしてたわけ????
マルウ…そんな子いたかしら…ごめん…

うーん。オーブランの刊行直後だったので文体がオーブランぽいっすね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?