私と眠剤とヤギの血

私はここのところ不眠に悩まされているため、大学構内の病院で寝つきの良くなる薬を処方してもらっている。
おもに鹿の角の粉末やヨモギ、冬虫夏草、高麗人参といった伝統的な漢方に加えて、にんじんしりしり、クーブイリチー、サンターアンダギー等、沖縄の郷土に根差した伝統料理を調合してもらった特製の「ネツキヨクナルリン錠」を長らく飲んでいた。しかし、これはあまり効果がでなかった。滋養強壮と栄養状態改善、満腹感などの効果はある程度みられたが、あいも変わらず布団に入ってから寝付くのに2~3時間かかってしまっていた。これは1時間の2~3倍にもあたる、そうとうな時間であって、実際に眠れる時間が「布団に入ってから出るまでの時間-3時間」程度になってしまっていた。

あるとき不眠がより深刻になってきたため、「ゾルビデム」という錠剤と、「神便鬼毒酒」(しんべんきどくしゅ)という、お伽草子『酒呑童子』に登場する酒剤をもらった。

これらは寝つきをよくする薬との触れ込みなのだが、飲んで少しするとのどは渇いてくるが不安が落ち着いてきて、加えてエネルギーを秘めた間欠泉が体内で勢いよく噴出したかのように、鬼に対抗できる力がモリモリ湧きあがってくるという、一般の抗不安薬によくみられる初期症状がやってくる。ここまでは良いのだ。

ところが、これで「ああ、効いてるなあ、今夜はよく眠れるなあ」と思ったのもつかの間、少しするとなぜかやたらと人生に対する希望が見えてきて興奮し、ウハウハフィーバーでホーミータイになる。鬱っていて無気力である日中に嗜んでいる、TwitterやYouTubeといった何の生産性もない趣味には全く触る気がせず、ひたすら語学の勉強や文章執筆、漢語派諸言語の晋語の忻州方言の辞典の和訳作業などに熱中してしまい、結局のところ寝るのが遅くなってしまうのである。

しかし、眠剤で興奮して寝つくのが遅くなるとはなにごとか。これは普通の錠剤ではなく、悪の秘密結社で数々の陰謀をはたらいていることが確定的に明らかなMMMこと「マントヒヒ・メイヨウ・メンバーズ」が、真実に気付いてしまっている私を意地でも眠らせまいと送り込んできた刺客剤(しかくざい)に違いない。不眠が続くと思考力がもうろうとして冷静にものを判断できなくなるので、その隙をついて「マントヒヒは存在しない」という彼らの主張にうっかり共鳴させようとしているのである。

それで、2週間後にふたたび薬を変えてもらった。こんどは「なんとか」という薬である。たしかに今回のものは興奮の度合いが小さく、眠くなってくる気もするのだが、なんとまあ口の中が苦いは苦い!こんなタイプの副作用があるのかという知見を得ることはできたものの、そんなことよりも不快な苦みが舌の中にのこりつづけ、麦茶を飲んでも三重水素みたいな味がして激マズぽよピーナッツである。効果は長く続くものではないとはいえ、もし仮に朝起きるまで続いていて、毎朝のむヤギの血と、毎朝食べるカブトガニとストロベリーショートケーキ風電子レンジのニンニクしょうゆ和えを載せたトーストが苦くてまずくなったらどうしてくれる!

そんなときのために、来週の病院にはカブトガニ持参で通院したいと思う。カブトガニとマンジュウヒトデの完全養殖技術の確立を目指す壮大なプロジェクトが病院で今、始まる!家から電車に乗って大学に来るまでの間にカブトガニが酸欠とかで死んでしまったらどうしてくれる!


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