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科学的有機農業概論

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有機農業をテーマに,海外の研究論文をまとめています。
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その2「農業生態系のデジタル化」ってなんだろう

前回の投稿に引き続き、以下のプレスリリースの研究について整理していきたいと思います。 前回の投稿では、どのようなデータを使って解析したのだろう?という点をまとめました。そこでは、”土壌–土壌微生物–作物の3つの階層で、網羅的なデータ(オミクスデータ)を取ってきて、そして階層を超えてそれらのデータの関係性を解析しようとした”ということが、この研究の新しい点であるという風に述べました。 では次に、ここで言う階層を超えたデータの関係性の解析、つまり表題の「農業生態系のデジタル化

「農業生態系のデジタル化」ってなんだろう1

少し前のことですが、「農業生態系のデジタル化に成功」という以下の理化学研究所のプレスリリースを目にした方がいるかもしれません。Twitterコメントがいくつか投稿されていたように思います。 一体どんな研究かと、このプレスリリースの冒頭部分を読んでみると、 農業生態系における植物-微生物-土壌の複雑なネットワークのデジタル化に成功し、これまでは熟練農家の経験として伝承されてきた高度な作物生産技術を科学的に可視化できるようになりました という風に書いてあります。「複雑なネッ

ミミズ研究の最前線

-雨が降ると路上に現れ、そのまま干からびて死んでしまう生き物-  生態学を勉強するまでは、僕にとってミミズとは、非力で哀れな、気持ち悪い(けどちょっとかわいい)、そんな程度の生き物でした。多くの人にとって、ミミズのイメージって、そんな感じなのではないでしょうか。 ミミズが生態学の研究対象となるのは19世紀後半に遡ります。「種の起源」で進化論を唱えたことで有名なチャールズ・ダーウィンは、石だらけだった草地が、長い期間を経て平らになっていくことに気がつきました。そして偉大なこの

有機野菜には本当に虫がつきにくいのか?

弱肉強食、適者生存の自然界。多くの生き物が、明日生きるか死ぬかもわからない緊張感の中で生きている中、唯一人類は明日が、一年後があるという確証を手に入れ、その安定的な生活をほしいままにしています。ここまで言うと大げさかもしれませんが、自分の食べ物を自分で育てる生き物は、人間かキノコ畑を営むハキアリくらいではないでしょうか。農業という産業を発展させることによって日々の食料を確保し、私たちは他の生き物との生存競争から解放されたようにも思えます。 けれど、よく考えてみると、私たち

有機農業への完全移行で温室効果ガス排出量は増加する?

ーイングランドとウェールズの食糧生産が有機農業に100%移行したとすると、温室効果ガスの排出量が増加するー そんなインパクトの強い論文が先日科学誌のNature Communicationsに掲載されました。(リンク→https://www.nature.com/articles/s41467-019-12622-7.pdf) 「有機農業」や「オーガニック」と言えば、エコや環境に優しいものの代名詞的な存在。というのも、慣行農業で使用される化学肥料は、その原料や製造過程で石油