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有機農業への完全移行で温室効果ガス排出量は増加する?


ーイングランドとウェールズの食糧生産が有機農業に100%移行したとすると、温室効果ガスの排出量が増加するー そんなインパクトの強い論文が先日科学誌のNature Communicationsに掲載されました。(リンク→https://www.nature.com/articles/s41467-019-12622-7.pdf

「有機農業」や「オーガニック」と言えば、エコや環境に優しいものの代名詞的な存在。というのも、慣行農業で使用される化学肥料は、その原料や製造過程で石油を消費します。したがって、化学肥料を使わない有機農業への移行は、当然、地球温暖化を止めるのに一役買うだろうと考えられていたわけです。

しかし、この論文では全く逆のことが指摘されます。有機農業への移行が温暖化を加速させると。その主な原因は、有機農業の生産性の低さがより多くの生産地を必要とするため、というものです。この論文は、飼料作物供給や輪作、海外での土地利用変化や土壌への炭素隔離など、様々な要因を総合的に評価していて、かなり本格的で説得力のある印象を受けました。

日本語の記事(https://www.afpbb.com/articles/-/3250842)では、論文の内容について多くは触れられていないので、ここでは結果を中心に紹介したいと思います。


● 研究の背景

研究の背景に軽く触れます。国家スケールで有機農業の影響を評価した過去の研究は、イングランドとウェールズで有機農業に100%移行したとすると、イギリス国内で約8%の温室効果ガス削減につながると結論づけました。しかし、有機農業に移行すると、生産性が減少し国内での供給不足が生じてしまうことを、今回の論文の研究者らは指摘します。その生産量の低下を埋め合わせるために必要となる、国外での土地利用変化の影響も考慮して評価しなければいけないと考え、今回の研究が行われたのです。

● 生産量への影響

慣行農業から有機農業に移行することによって、食料の生産量が40%減少すると予想しています。人間が摂取するタンパク質で換算しても、同様の減少を予想しました。この減少の原因として研究者らは、①有機農業による土地あたりの生産性の低さと、②肥沃度管理のために輪作草地と窒素固定のためのマメ科の栽培が導入されること、を挙げました。

ここで推定された生産量の増減は、作物や家畜の種類によって差があります。有機農業では輪作により多様な作物が生産されるため、野菜(園芸作物)全体の生産量は増加すると予想されます。例えば、窒素固定に役立つマメ科の作物や、雑草管理に役立ち高い代謝エネルギー効率を持つジャガイモは、作付け面積の増加によって生産量が増加します。また、有機農業では牧草地が増加することで、牛肉や羊肉の飼育頭数も増加すると予想されました。

しかし、生産量全体への影響が最も大きい作物は、小麦です。予想される小麦の生産量の減少は、その栽培面積の減少から予想される以上で、半分近くにものぼるとされています。また、穀物の生産量が減少し、濃厚飼料が手に入りにくくなることによって、鶏肉や豚肉、ミルクの生産量も減少すると予想されています。

● 生産量あたりの温室効果ガス排出量への影響

生産量当たりの温室効果ガスの排出量は、有機農業への移行によって減少すると予想されます。これは、窒素肥料を輪作草地での窒素固定に置き換えることが、主な原因とされています。化学肥料を使用しないことで、製造過程で出るCO2とN2O、農地から出るN2Oが減少するためです。

生産量の増減と同様、温室効果ガス排出量の増減も、作物・家畜の種類によって差があります。窒素の溶脱や脱窒の増加を伴うマメ科作物や、もともと化学肥料の要求量が小さい春大麦など、有機農業下で温室効果ガスの排出量は増加すると推定された作物もあります。また、牛乳や牛肉・羊肉の生産では、まぐさ生産の効率が上がることによってトータルでの生産量あたり温室効果ガス排出量は減少するものの、摂餌量の増加によってCH4の排出量は増加します。同様に豚肉も、化石燃料の使用減などによってトータルでの生産量あたりの排出量は減りますが、厩肥からの溶脱や脱窒によってN2Oの排出量は増加が予想されました。

● 国内の温室効果ガス排出量への影響

有機農業への完全移行によって、”国内で”発生する温室効果ガスは、農業で20%、畜産で4%、全体で6%減少すると予想されました。農畜産物の輸送に伴う排出量は増加するものの、全体としては減少が予想されることから、国内の輸送による影響は比較的小さいと、研究者は言及しています。

ただし、有機農業への完全移行によって生じる国内での供給不足を補うための国外での土地利用変化の影響や、有機農業によって高まる土壌への炭素隔離の影響を考慮すると、状況は全く異なります。ここから研究者らは、炭素隔離と国外の土地利用変化の影響を推定していきます。

● 土壌炭素隔離への影響

慣行農業では、主に尿素や硫安といった化学肥料によって、作物に必要な養分を供給します。一方、有機農業では、化学肥料の代わりに堆厩肥や緑肥などの有機物を投入することで、作物への養分供給を図ります。こうした有機物は一旦土の中に蓄えられ、土壌動物や微生物の分解を受けることで緩やかに養分を供給します。したがって、有機農業下では土壌中に滞留する有機物の量が増えるため、炭素や窒素を有機物の形で土の中にとどめておくことができます。これが「炭素隔離」と呼ばれる現象で、温室効果ガスの削減に一定の効果があると考えられています。

研究者らは、慣行農業から有機農業への移行を、通年の耕作から通年耕作と草地輪作への移行として見積もって(?)、年間でヘクタールあたり0.18Mgの炭素を土壌中に隔離すると予想しました。比較のために過去のレビュー論文を出し、そこでは有機農業への移行によって年間ヘクタールあたり0.07Mgから0.45Mgの炭素隔離が推定されたことに言及しました。ただ、この上限0.45Mgという試算では、慣行の4倍もの有機物投入が行われています。有機農業での牛飼育へのシフトによってもたらされる堆肥の増加予想は12%に過ぎないため、この値は非現実的だと研究者らは述べています。

また、炭素隔離の効果は、有機農業への移行後の10~20年の間に限られることにも、研究者らは注意を促しています。土壌が蓄積できる炭素量は有限であり、その量は土壌の特徴やローカルな環境に依存しています。

● 国外の土地利用変化への影響

有機農業への移行によって生じる国内の供給不足を埋め合わせるためには、現在国外でイギリス向けに耕作されている農地を5倍に増やす必要があると研究者らは推定しました。その結果、国内外の全耕地面積は、慣行農業の1.5倍になると予想されています。

この国外の土地利用変化に伴う温室効果ガスの排出量は、国外のすでにある農地を用いるか、自然・半自然下の植生・牧草地を農地に転用するかで、大きく変わります。これに関して研究者らは、炭素隔離の大小と合わせて3つのシナリオを提示しています。

⑴ 埋め合わせの全てに草地を用い、炭素隔離がなかった場合(高シナリオ)、慣行農業に比べて排出量が56%増加します。
⑵ 埋め合わせの25%に草地を用い、高い炭素隔離が生じる場合(低シナリオ)、排出量は慣行農業と同等です。
埋め合わせの50%が草地で行われ、中程度の炭素隔離が生じる場合(中シナリオ)、慣行農業に比べて排出量が21%増加します

さらに、国外の農地が、農地利用される代わりに炭素貯蔵を最大化するように管理された場合(森林)と比較すると、温室効果ガスの排出量は1.7倍になると考えられています。この考え方は、Carbon Opportunity Cost と呼ばれています。つまり、有機農業への移行によって、森林造成による温室効果ガス削減の可能性を減らしてしまう、と考えることもできるわけです。

a. 農産物の国内生産、国外生産および国外からの輸送に伴う排出量の合計は、有機農業(国外の土地利用変化を考慮しない場合)で有意に低くなっています。
b. 各シナリオ(High、Medium、Low)での、国外の土地利用変化に伴う排出増加量と、炭素隔離による減少量。この二つを差し引いた排出量をaの有機農業の排出量に加算すると、慣行農業よりも高い予想が得られます。
c.d. 畜産物に関する排出量

● 研究者らの考察

土壌炭素貯蔵や農薬への暴露軽減、生物多様性の向上など、ローカルな環境に対する有機農業の利益は疑いのないものです。しかし、世界の食料需要は2050年までに59~98%増加し、ますます農地の確保が難しくなる状況にあります。このような状況で、生産性が低く国外での生産拡大を必要とするような有機農業に頼るべきではないと研究者らは考えます。

では、今後有機農業の生産性を上げて、必要な土地を減らすことができるのでしょうか?
輪作システムを向上させ、より理論的な窒素固定を実現する余地はあるかもしれません。しかし、生産性を上げるためには、窒素供給のための緑肥の輪作を増やす必要があるというジレンマによって、今後の生産性向上の余地はわずかであると研究者らは考えています。

研究者らが考える唯一の解決策は、農作物より温室効果ガス排出への寄与が大きい肉の消費を減らすことです。畜産用の農地を食用の作物栽培や炭素の貯蔵に供することができれば、大きな効果が得られると考えられます。しかし、所得が向上し食肉消費が増える世界の潮流の中で、肉の消費を果たして減らすことができるのか、研究者らは疑問を呈しています。

● 読んでみた感想

僕は大学で環境保全型農業(有機農業や不耕起栽培など)の勉強をしいます。その中で、有機農業はより多くの土地を必要するという批判は、有機農業を肯定する上で最も悩ましいジレンマだと感じています。ただ、だからと言って、枯渇する石油資源に依存している慣行のやり方を、諸手を挙げて肯定するのもまた、問題だと思います。僕の立場では、稀少性と付加価値に依存した富裕層向けの有機農業というポジションから、より土壌有機物と微生物にフォーカスした低投入型の有機農業へと変わっていくことで、生産性の課題も多少は解決されるのではとも思っています。その意味では慣行と有機を二項対立的に捉えるのではなくて、段階的に捉えて同じ方向に向かって変わっていけばいいなと思っています。

最後に、この論文でも消費者の食行動の変化が唯一の根本的な解決につながるとしており、やっぱり菜食的な食生活に移行していくことも必要なのかなと思います。が僕自身、肉が好きなので、そう言われても難しいなあと思ってしまいます…


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