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もう一度本に息吹を 「復刊ドットコム」誕生前夜

本を復刊させる会社、復刊ドットコム(当時:ブッキング)が創業した1999年当時、「読者が望む本を復刊する」という志は同じながらも、事業の形態は少し異なりました。5名の社員で立ち上げられた新事業には、次々と困難が生じ、わずか半年程で方向転換を迫られることとなります。動き出して初めて直面する現実と、もがくからこそ辿り着いた新たな地平……復刊リクエストを募り、復刊を実現する「復刊ドットコム」が誕生するまでの最初期を振り返ります。


絶版をなくしたい!

復刊ドットコムの前身であるブッキングという会社が設立されたのは1999年10月のこと。書籍の取次会社、日本出版販売(日販)が有志の出版社と立ち上げた会社で、「オンデマンド出版」による書籍の復刊を目指していました。

「オンデマンド出版」とは、通常の出版印刷で用いられるオフセット印刷とは異なり、デジタルプリントにより1冊単位で印刷することができる技術のことです。市場に出回らなくなった本を受注生産の形で読者の元に届けることを可能にする、当時としては画期的な手法でした。

そんなオンデマンド出版の事業が立ち上がった背景にあったのは、当時から現在にまで続く出版洪水と言われる状況でした。毎年多くの本が出版される中で、書店の棚に入りきらなくなった本はやがて姿を消し、手に入らなくなってしまいます。新刊に限らず、古典的な書籍すら、その波に呑まれてしまうこともあり、そんな状況は社会的な損失と言っても過言ではないでしょう。出版業界では、「読めない本を減らしたい」という共通の思いを多くの業界関係者が抱いていたのです。

元は日販の社員として流通の現場の最前線で働いていたブッキングの創業メンバーも例に漏れず、絶版をなくそうという理想に燃えていました。当時、日販の王子流通センターでは、毎月7万点もの品切れ本への注文があったといいますから、創業メンバーの熱意は想像に難くありません。

オンデマンド印刷から、早々の方向転換へ

しかし、実際に事業が動き出すと、そこにはなかなか思うようにいかない現実がありました。オンデマンド出版に欠かせないコンテンツを獲得するにあたって、出版にかかる手間と収益との兼ね合いや、取次会社が出版事業に参入する抵抗感、本の完成度に関わる技術的な問題などが重なり、思うようにコンテンツが集まらなかったのです。

さらに、他にもいくつもの会社がオンデマンド出版事業に乗り出したことも問題でした。低価格を武器にしたシェア争いは、各社が互いの体力を削りあうという苛烈な競争に発展し、事業としての継続性に次第に暗雲が漂い始めたのです。

読者の声を掬い上げる、復刊の形

オンデマンド出版のサービス開始からわずか数ヶ月後、方向転換を迫られたブッキングがいくつかの選択肢の中から光を見出したのが、現在の「復刊ドットコム」に直接繋がっていく事業でした。

この事業のきっかけとなったのは、「書物復権運動」という、人文社会科学系の専門書の老舗出版社による復刊の取り組みでした。岩波書店やみすず書房などの各出版社がそれぞれ復刊候補となる品切れ本をリストアップし、読者のリクエストによって復刊する本を決定するもので、今も健在の活動です。

インターネットが普及途上であった当時、リクエストははがきで集められていました。そこでブッキングがこの募集をオンライン上で行う提案をしたところ、その手軽さからか、従来のはがきを上回る勢いの反応を得ることができたといいます。インターネットと読者投票の相性の良さを目の当たりにしたブッキングの社員は、その後本格的に読者投票のサイトの運営に舵を切っていくこととなりました。

そのサイトこそが、「復刊ドットコム」。
開設は2000年6月のことでした。

時代の先駆けとして

インターネットで賛同者を募り、復刊を実現させるサービスは、クラウドファンディングという仕組みがよく知られるようになった昨今、目新しいものではないかもしれません。ですが、復刊ドットコムが生まれたおよそ25年前、それは時代を先駆けるサービスでした。実際に、サイト設立から1年後の2001年には「日経インターネットアワード2001」のビジネス部門で「日本経済新聞社賞」を受賞し、「オンデマンドアワード2001」のデジタルプリント部門でも入賞を果たしました。さらに、その翌年の2002年には「WEB OF THE YEAR 2002」にもランクインし、そのビジネスモデルは社会的にも高い評価を得たのです。

しかし、それだけ注目を集めたにもかかわらず、復刊ドットコムが提供するサービス、すなわち書籍を復刊させる取り組みには、四半世紀たった今でも競合が現れず、唯一無二の存在となっています。当時、「復刊」は未開の分野。その道を切り開くには計り知れない努力が必要とされたことが理由の一つかもしれません。

今でこそ明快なビジネスモデルを創り上げた復刊ドットコムですが、それは、復刊ドットコムに関わってきた人々が手探りで、難しい局面を一つ一つ乗り越えて結実したもの。現在に至るまで、地道に続けてきた復刊活動は、時代を経た今となっても、決して古いものとはなっていないのです。

■後編はこちらから
飽くなき挑戦のはじまり —「復刊ドットコム」の礎ができるまで—


■取材・文
Akari Miyama

元復刊ドットコム社員で、現在はフリーランスとして、社会の〈奥行き〉を〈奥ゆかしく〉伝えることをミッションとし、執筆・企画の両面から活動しています。いつか自分の言葉を本に乗せ、誰かの一生に寄り添う本を次の世代に送り出すことが夢。
https://okuyuki.info/

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