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関われた自分に花束

昨日、知人の表現を見に、電車に乗って足を運んだ。

その人は尊敬する先輩だったんだけど、相棒との活動を始めた時にすれ違いが起こって。
なんというか怒られた感じになり、俺が萎縮してしまって関係に距離を置いてしまった。向こうはどんな認識だったか分からんけども。

距離が空いてかれこれ2年ほど経ち、でも活動領域というか動きは近いからなんとなく目に入り、その度に俺にはきゅっと緊張感が走った。

尊敬してる。でもこわい。
そして、少しは怒っていた。また、失望していた。
俺の話を聞いてくれなかった、理解しようとせずに一方的に言われた、という感覚だったから。

けれど、対話したり俺から見た状況とかを話す機会もなく、今までは俺も怖くて自分から関わったり連絡を送れる状態でもなく。
一度だけ偶然電車で出会った時に思い切って声をかけた時は、目を合わせたり話してくれる雰囲気ではなく、やはり許していないのか、会いたくないと思ってるのかなとも思っていた。

そんな折にやってきたこの機会。

やっぱり歩み寄りたくて、また自分の中のその人のイメージを変えて、わだかまりを乗り越えたくて、向かった。

やっぱり少なからず緊張した。
けれど色々心動くことはあったから、会場を出た後でその人に感想を連絡した。


送って、すぐに返事がきた。


そして。
緊張はしたし恐かったけど、意外にも思ったほどは、なにか感じるわけでもなかった。それは感動とか安心とかも含めて。

当たり障りないやりとりができた。
最後のコミュニケーションの記憶を、自分が動いて塗り替えられたことで、俺の中で何かを終わらせることができた。

強く心動いたわけでもなく、めちゃほっとしたとかうれしかったとか、そういう感じでもなかった。
でも、俺にとって大事なことをしたとは思う。

自分を大切にした。それがたとえ、強い感情があったわけでないけれど。それでいいんだと思う。

はーーーーー。緊張したー。
そして関わって思うんだけど、自分にスペースのない時にこんなに無理して関わりに行かなくてもいいや。笑
遠くからそっとお互いにエールを送っておこう。

こうやって、地味なことでも、ひとつひとつ乗り越えていこう。
こういうのがきっと、のちのち効いてくるんだ。

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