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【現代麻雀への道】48 サイコロの歴史

博打にハマっている神はインドにいた

麻雀で一番大事なものは何だろう?

配牌? ツモ? いろいろな答えがありえるだろうが、サイコロの目と考えることもできるのではないか。

1局が始まるとき、サイの目が出た瞬間に配牌は確定し、鳴きが入らなければツモもすべて決まってしまう。2~12まである出目のうち、どの目が出るかによって結果も大きく違ってくるはず。

このサイコロはいつから使われているのだろう。

中国で麻雀が誕生したときには、最初からサイコロは補助用具として使われていた。じつはサイコロは麻雀の数十倍から数百倍におよぶ歴史を持っているのだ。

紀元前から唱えられている古代インドの叙事詩「マーハーバーラタ」には、神々がサイコロ賭博を行うシーンが何度となく登場する。

さらに時代をさかのぼって、紀元前12世紀ごろの内容である聖典「リグ・ヴェーダ」にも、「賭博者の歌」が収められている。そこには、こんなことまで書かれているのだ。

「賭博者は負けが込むと他人の家を(泥棒しようと)のぞき込むようになってしまう。そんな賭博者の親や妻は哀れなものだ」(大意)

神々の話でありながら、なんとも情けなくシンパシーを呼ぶ姿が描かれている。

世界広しといえども、聖典のなかで博打が礼賛され、さらには必勝呪文まで書かれているのは、インドくらいのものだろう。それだけサイコロ博打が盛んだったのである。

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