見出し画像

【現代麻雀への道】81 字牌の歴史

字牌が整理されたとき麻雀が誕生した

福地 今回は字牌の特集ということで、字牌の歴史をテーマにしたいんですが。

浅見 はい。どこから話しましょう。

福地 まずですね、字牌はいつからあったんでしょうか?

浅見 麻雀が誕生したときからありましたよ。というよりも、字牌がそろったことを麻雀が誕生したことの一条件として考えていいと思います。

福地 といいますと? 

浅見 19世紀なかごろに陳魚門(ちんぎょもん)という人が麻雀を作ったとされてますよね。でも、この人がいきなり作って、それがパッと広まったとは考えにくいわけです。

福地 なるほど。

浅見 麻雀っぽいものをやっている人がだんだん現れてきて、といっても字牌や花牌の種類はグループによってマチマチという状況で、それを整理してまとめたのが陳魚門じゃないかと思ってるわけです。

福地 字牌が整理された時期=麻雀の誕生だと?

浅見 そうですね。

画像1

字牌の歴史は没落の歴史!?

福地 それでは、三元牌と風牌は最初から今の形だったんでしょうか?

浅見 風牌の例外としては、「東南西北」のかわりに「公侯将相」(こうこうしょうそう)が入っている牌もあります。公は皇族クラス、侯は大臣クラス、将は将軍、相は宰相クラスを表してます。でも「東南西北」の前は「公侯将相」だったということではなくて、初期のころはこんな牌もあったということだと思います。

福地 三元牌はそうじゃないんですね? 

浅見 古い牌で「白發中」のかわりに「白龍鳳」が入っているやつがいっぱい見つかってます。

福地 發と中よりも、龍と鳳 (鳳凰=伝説の島)のほうがかっこいいんじゃないですか?(笑)

浅見 そう、かわらないほうがよかった(笑)。一説には、中華民国が成立したときに、清朝のシンボルだった龍と鳳は使われなくなったともいわれます。三元牌は20世紀になると白發中ばかりとなりますが、昔は白龍鳳だったものがいっせいに切り替えられたのか、それとも両者が混在している状態から白發中に絞られていったのか、はっきりしません。

福地 なるほど。それでは麻雀を打つ上での変化はあったんでしょうか?

浅見 大ありです。

福地 といいますと?

浅見 昔は字牌が一番大事な牌だったわけで、配牌で三元牌が一枚ずつあったらオリろという格言もあったくらい。三元牌はドラと一緒だったわけです。

福地 当時はドラもありませんでしたしね。

浅見 そう、それが今では字牌整理なんて言葉すらあって、邪魔者扱いされているという。

福地 ということは、麻雀の歴史は字牌の立場が転落していく歴史ということもできますか?

浅見 まあ、そういえないこともないですね。この親不孝者!と叱りたいくら いですよ(笑)。

今から振り返って

このときから掲載誌の『近代麻雀ゴールド』が毎号戦術特集をやることになったんですよ。で、この号のテーマは「字牌」。なんか字牌を扱った内容にしてほしいという要望を受けて、過去に書いたことをまとめたような内容になりました。

【現代麻雀への道】41 三元牌の意味は?【現代麻雀への道】42 風牌の由来をまとめた的な感じです。

対談形式に変えたのはたいした意味はなくて、この方が読みやすいかなーと。その程度の理由です。もちろん浅見先生とわざわざ電話して話したり対談したわけじゃなくて(ライターは取材者にそんな余計な手間をかけさせません)、勝手に書いて、この内容でいいかとチェックのメールしただけです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?