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"やりたいことをやる"という罠

人生で最初に買ったCDアルバムはなんですか?

そんなことを聞けば「今更CDなんて」とぶつぶつとこぼしたくなる人もいるかもしれない。されど30代以上の皆様。きっと人ぞれにCDアルバムにまつわる思い出を一つや二つは少なくともお持ちという人もいるはずだ。ある人はレッド・ツェッペリンの、ある人はHi-STANDARDの、またある人はプッチモニ (つんく♂プロデュース) の思い出と共にあるかもしれない。いずれにせよ、この世に生を受けてはじめて買ったCDとなればなおのこと記憶に残っていることに違いない。

ぼくが人生で最初に買ったCDはJUDY AND MARYの『WARP』だ。まず思い起こされるのはあの赤いヘルメットを被った女性とその真っ赤な口紅が印象的なCDジャケット。いわゆる"捨て曲"というものがなく全編を通して心地よい音の旅が楽しめる。『Brand New Wave Upper Ground』や『ラッキープール』といったナンバーはポップさ全開ながらどこか切なく美しい。ドラムの五十嵐公太さんが作曲したという『あたしを見つけて』はアコースティック・ギターとピアノの旋律がどこまでも寂しくギュッと胸が締め付けられる。最後の『ひとつだけ』という曲でTAKUYAさんの唸るギターとYUKIの「揺れ〜るわ〜」というシャウトを聴く頃には涙でぐっしょりだ。

なにはともあれ、この『WARP』というのはぼくが初めて買ったアルバムであるにも関わらず、これを持ってJUDY AND MARYが解散してしまったということもあって忘れることの出来ない一枚となった。小学5年生になってはじめて自分の部屋を与えられ、その中に閉じこもって小さいCDプレーヤーにかじりつき耳をそばたてた。この『WARP』というアルバムを聴くことがぼくにとって幼年期の終わりを告げるものであったし、それと同時に青年期の始まりを告げるものでもあった…なんて書くと少しかしこまった感じに聞こえるかもしれないけれど、とどのつまり小さな頃の自分にとって大切な大切な一枚となったということは言える。そんな淡い記憶を思い出す度にぼくはほっこりした気分になるし、大袈裟かもしれないけれど「生きてて良かったな」なんて思ったりすることある。そんなときはとても疲れているときかもしれないけれど。

JUDY AND MARYはぼくの青春だ。そして特にギターのTAKUYAさんはぼくのヒーローだった。『そばかす』や『mottö』の変態的なギターフレーズは何度コピーしようとしてもお手上げだった。どれだけ表面的にフレーズをなぞっても、あの軽快で、そして挑発的とも取れるギターの弾き方は真似できない。その度に「TAKUYAさんってすげーな」と思ったし雲の上の存在であることを強く認識した。大人になるにつれてJUDY AND MARYの音楽を聴くことも徐々に減っていくわけだけど、それでも一人のギターが好きな人間としてTAKUYAさんへの尊敬の念が薄れるということはなかった。

あるインタビューでのこと

数年前のことだ。そんなTAKUYAさんがあるスタートアップ関連のイベントでインタビューを受けていた。たまたま目にした記事だが"TAKUYA"そして"スタートアップ"という磁石で言えばS極とN極ぐらい違いそうな (SとMじゃないですよ) 組み合わせに強く惹きつけられた。ざっと読んだところで「どうやらTAKUYAさんが福岡を拠点にアジアの音楽業界に進出してなんやかんやしてる」という大筋が掴めた。それだけでも随分トガッていて相変わらずカッコいいなと思った。だけれどぼくが本当の意味で驚いたのはインタビューの最後の部分を読んだときだった。

TAKUYAさんが今の時代に若者だったとしたらなにをしてると思いますか?

という質問に対して答えはこうだった。

そうですねー。今だったらスタートアップを自分で起業してたかもしれないですね。ぼくは売れたいと思っていたんです。なので今だったらスタートアップを作るのが最も成功への近道だったんじゃないかな。

ちゃんとメモをしていたわけではないのでうろ覚えだ。なので一字一句正しいわけではないことは先に謝っておきます。ごめんなさい。

だけれどもこの発言は目から鱗だった。なるほど、そういうことだったのかと。

実はカタチはなんでもいい

成功している人は好きなことに没入しているように見えて、「次の時代にどんなサービスだったらヒットするか?」ということを緻密に計算しているフシがある。

言い換えるならば、時代の流れを見て、世の中に必要なものを読み取りそれをカタチにしている。それは音楽であってもソフトウェアでもいい。

極論を言えばカタチはなんだっていいのだ。

先のTAKUYAさんの例で言えば、彼が少年時代にデビット・ボウイの音楽に刺激を受け、エレキギターを手にし、YUKIという天才ボーカリストに巡り合ったことで「そうだ、JUDY AND MARYで勝負しよう」となったのだと思う。J-POP全盛期の時代だったからこそ、音楽というフィールドが適切なリングだと判断したという面もあったに違いない。

一方で、もしこれが小学生の時にヒューレット・パッカードに刺激され、コンピュータにハマり、スティーブ・ウォズニアックみたいな天才エンジニアと出会ったとしていたら「そうだ、Appleを作ろう」となっていたかもしれない。

もちろんこれは大雑把な括り方だということは認める。TAKUYAさんは音楽に、そしてギターに才能を持っている人なわけだから、実際にはそんなすんなりこのストーリの枠組みが当てはまるわけではないだろう。それは当然の反論として受け入れる。

ただ、ぼくが言いたいのは「カタチを目的ではなく手段として見ている」という、どこかクールな姿がそこには認められるということだ。

TAKUYAさんの過去のインタビューを読んでいたからこそ、彼が「ただ音楽がやりたい」だけではなく「売れてやる」という野心を包み隠さずに持っているということを知っていた。純粋なアーティストというよりはビジネスマンとしての才覚を持っている人だった。だから先の「今だったらスタートアップを選んでいたかもしれない」という発言は深く納得のいく話だった。たとえそれが思い付きで言っていたとしても、それはきっとただの思い付きではない。

ビル・ゲイツが今20歳だったらガレージでAIの会社を始めているかもしれない。ジェフ・ベゾスはAmazonを経ることなく最初からロケットの会社を作っているかもしれない。イーロン・マスクがこれからティーンエイジャーになるとしたら、もう世の中は手遅れだと見込んで、仮想現実やゲームの開発に身を投じていたかもしれない。

言い方を変えるならば、彼らがWindowsを、Amazonを、またはTeslaを作ったのはこの時代だったからであり、世の中のトレンドや"これから必要とされるもの"次第でそのカタチは柔軟に変わっていたと思う。それは彼らがキャリアの各フェーズでやることを潔くガラッと変えている様からも明らかだと思う。

"やりたいことをやる"という罠

Appleを創業したスティーブ・ジョブズによる有名過ぎるスピーチがある。2005年にスタンフォード大学の卒業で行ったスピーチで、"Stay Hungry. Stay Foolish" (ハングリーであれ、愚か者であれ)という格言とともに記憶している方も多いんじゃないかと思う。たかだか15分足らずのこの短いスピーチは彼の人生観を余すところなく示すもので20年近く経つ今でも世界中の人々に影響を与えている。かくいうぼくもこのスピーチが大好きすぎて、原稿を紙に印刷して毎日音読していた時期があった。

彼がこのスピーチで "You've got to find what you love" (自分が好きなことを見つけなさい)という力強いメッセージを残している。人生の大半の時間を占める仕事において大きな満足感を得るには、大好きな仕事をやるしかないと。そして彼は"If you haven't found it yet, keep looking. Don't settle." (自分がやりたいことが見つかっていなくても探し続けるんだ。立ち止まってはいけない)と激励する。

このスピーチに感銘を受けた世界中のキッズたちが「おう、そうか。やっぱやりたいことやんなきゃな」と思ったに違いない。ぼくもそう感化されたうちの一人だ。

ただここで注意したいことがある。スティーブ・ジョブズはボブ・ディランの大ファンだった。だからと言って彼がフォーク・ギターを片手にメッセージ・ソングを歌うようになったわけではない。彼は来るべき未来を見据えてiPodを開発し、音楽をソフトウェア上で購入・管理ができるiTunesを世に送り出した。そして言うまでもなくそれらのジョブズの遺産が今はApple Musicというカタチで今日のストリーミング・ミュージックを支えている。

もちろん"売れる"ことがすべてではない。「やりたいことをやっていてぼくは満足だ」という言い分はあって然るべきだし、文句をつける余地などない。ただ一方で人間は欲深いものだったりする。「やりたいこともやりたいし、なんなら一発当てたいぜ」という輩がいても当然だ。

そんな人にもし的確なアドバイスがあるとしたら「あなたは未来をどう読むか?」ということになるのかもしれない。そしてカタチを柔軟に選択する賢さを忘れずに、ということにもなるかもしれない。

言うは易し行うは難し…ってことになりますが。



これでこの話はおしまいです。今日はそんなところですね。

それではどうも、お疲れたまねぎでした!




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