司法試験対策

2008年受験直後に書いた記事です。

第1 はじめに

1 本稿について
 本稿の執筆については、全て僕の主観・経験に基づいて書かせていただきました。これは、僕が多数者の見解や他人の経験を十分には知らないからです。ですから、多分に独断や偏見の含まれている危険性があることをご承知ください。その上で、みなさんの必要に応じて、目次の中からおもしろそうなタイトルをつまみ読みしてみてください。
2 自分について
 最初に、少し自己紹介をさせていただきます。出身大学は、国立の単科大学である名古屋工業大学です。同大学の工学部に現役で入学し、4年で卒業した後、2年間は海外放浪などしつつ、24歳の時に2期未修として関大に入学してきました。入学前に予備校本を3ヶ月ほど読みましたが、入学時にはいわゆる純粋未修者と言える状態にあったと思います。それが、在学中のGPAでは、1年目から1.5→2.2→2.4と伸ばすことができ、司法試験の成績についても、択一試験が258位(302点)、論文試験が62位、総合成績が56位と、満足のいく成績を収めることができました。もっとも、僕自身、他の受験生と比べて特別に頭がいいとは思いません。恐らく、常に費用対効果を意識しながら、自分の勉強法を吟味してきたことが効果的な実力向上に繋がったのだと思います。そこで、僕が3年間にしてきたことの中から、受験生の方々が参考になりそうなことをお伝えしてみようと思います。

第2 日々の勉強について
1 授業の予習にかける時間
1週間の授業の予習を2~3日で終わらしましょう。
法科大学院は義務教育とは異なり、あくまでも自分の勉強を補完するものにすぎません。ですから、授業以外にも自分の勉強時間を確保する必要があります。僕は、週の2~3日で翌週の全ての授業の予習を済ませてしまい、残りの4~5日で授業以外の勉強をしていました。こうするためには、予習に高い効率性が求められます。僕の場合、次章以降で述べるように、予習をする際にレジュメには書き込みはほとんどせず、ノートも一切作りませんでした。ノートを作成しないだけでも、かなりの時間が節約できます。あと、レポート課題についても、必ず時間に制限を設けて半日で仕上げるようにしていました。日々の勉強が授業の予習だけで手一杯という人は、自分の予習には改善できる点があるのではないか、自問自答してみてください。
2 情報の一元化
ノートを作成せず、レジュメやプリントへの書き込みもしないことで、情報の一元化を図ることができます。
予習時や授業中に、レジュメやプリントに書き込みをし、それを保管している人は多いかと思いますが、司法試験の範囲は膨大ですから、2・3年が経過する頃には情報量が大量すぎて、およそ使えないものになってしまいます。みなさん、それぞれ思い返してみて、過去のレジュメやプリントのうち、ほんの1割でも見直したことがあるでしょうか。もはやどこに何が書いてあるのか検索することすら著しく困難ではないでしょうか。ノート作成も同様です。また、そもそもノートに記述するようなことは基本書に整除して書かれていることであって、いずれにしても無駄になってしまいます。情報を使えるものにするためには、情報の一元化が必要ですが、ノート作成やレジュメの使い方次第では、情報の一元化を妨げることを意識してください。僕の場合は、科目ごとにメインの基本書を決めて、その基本書に必要な情報だけを書き込んでいきました。二度と見ない情報の作成に時間を割いてしまっているかもしれないと心当たりのある人は、今日をもって改めてみてはいかがでしょうか。
3 記憶重視の勉強法から考える力を重視した勉強法へ
 忘れることを恐れず、何度でも思い起こしてみることこそが考える勉強です。
予習ノートを作成せず、どうやって授業に臨むのか、と疑問に思う人がいるかもしれません。では、逆にノートを作成した場合に、授業ではどのように利用するのでしょうか。恐らく、発言時にノートの記述を読むためだと思います。その時、ただ棒読みをするだけではなく、ちゃんと頭を働かせているのでしょうか。さらに遡って考えると、予習時には基本書の該当箇所を検索し、それをただノートに写しているだけに近い人はいないでしょうか。また、ノートを作成する場合、もし勉強したことを忘れてしまってもノートを確認すればまた思い出せる、という気持ちにはなってしまわないでしょうか。これは、ノートの記録があたかもいつでも引き出せる記憶であるかのような錯覚に陥るからです。しかも、ノートに記録できる量に限りはありませんから、記憶量は無限定であるという架空の前提の上で勉強してしまう恐れがあります。これでは、試験中にも、あのノートさえ見れば答えられるのに、という状態に陥ってしまいます。
 これに対して、授業中にノートがなく、さらに六法や基本書も見ずに授業に臨むような場合、全ての質問に対して、頭を働かせて一から回答を考え出さなければなりません。また、ノートを作成せずに勉強する場合、一度読んで理解した箇所は、その時に必ず記憶に定着させなければならないという緊張感を保てますし、また、膨大な記憶なんてできるはずもないという現実に直面しながら勉強するわけですから、自ずと少ない記憶を有機的に関連づけて多くの情報に繋げようという理解力や応用力が養われます。
 要は、ノートを作成する勉強法は、記憶に頼りがちな勉強法であり、他方、ノートを作成しない勉強法は、記憶の限界を意識しながら少ない記憶量から多くのことを論じることができる理解力や考える力を重視した勉強法だと思うわけです。もちろん、ノート作成にも利点はあり、ノートの作成自体が一律に問題というわけではありませんが、ノートがあることで安心してしまい、頭を働かすことを怠らないように注意してください。
他、ノートに書くことで記憶が定着するという人もいますが、そもそもノートを作成する程に記憶は必要ではありません。司法試験で聞かれることは、わずかな記憶を基に考えることによって導き出せるものばかりです。学んだことを忘れてしまうということを恐れることはありません。忘れる度に、何度も考えて思い起こしてみればいいのです。この、考えて思い起こすという力こそが司法試験に最も求められている能力なのです。
4 基本書か予備校本か
 基本書を読みましょう。
特に未修者一年目の時には、予備校本の是非についての話をよく耳にしたので、ここで取り上げてみます。僕は、導入時を除き、予備校本は使うべきではないと思っています。法律の奥深さを100とすると、基本書も予備校本も同じく40ぐらいのことしか書いてないように思います。ただ、予備校本は、残りの60についてほとんど意識していないのに対して、基本書は残りの60について常に意識している、と言うよりむしろ基本書に書いていない60の部分について読み手に伝えることが主眼のような気がします。先ほどの記憶と理解という言葉で対比させるなら、記述されている40については記憶、記述されていない60については理解といった感じでしょうか。ですから、予備校本だけを読んでいると、記憶で対応できる40の部分については上達するのですが、60の部分である考える力については成長しづらいのではないかと思うのです。ただ、僕もそうでしたが、この意味は、予備校本だけを読んでいたのでは、なかなかわかりません。もちろん、予備校本だけで受かる人もいますが、そういった人は予備校本だけでも60の部分に気づくことができる、極めて優秀な人達です。みなさんが自分は誰よりも優秀だという自信がない限り、基本書を読むことをお勧めします。合格レベルに達する頃には、必ず予備校本と基本書の違いがわかります。これは学者の先生方が言っているからではなく、純粋未修から3年で上位合格できた僕が自信をもって言います。
5 基本書の読み方
 字面を目で追いつつ、同時に自分の頭で同じことを一から論理構成してみる。
 先に述べたように、僕は1週間の授業の予習は2~3日で終えていましたが、余りの時間ではひたすら基本書を読んでいました。3年間のほとんどを基本書の通読に費やしました。参考までに、僕がメインとして使っていた基本書を挙げておきます。
憲法:○憲法Ⅰ・Ⅱ(野中俊彦、高橋和之、中村睦男、高見勝利)
行政法:◎行政法概説1・2(宇賀克也)
民法:◎民法講義Ⅰ[総則]・Ⅳ[契約](山本敬三)、△民法講義Ⅱ[物権]・Ⅲ[担保物権](近江幸治)、◎プラクティス民法債権総論(潮見佳男)、◎家族法(二宮周平)
刑法:○刑法概説[総論]・[各論](大塚仁)
会社法:◎株式会社法(江頭憲治郎)、◎新会社法100問(葉玉匡実)
商法総則:◎リーガルマインド商法総則商行為法(弥永真生)
手形小切手:○基本講義手形小切手法(早川徹)
民事訴訟法:◎民事訴訟法(伊藤眞)
刑事訴訟法:◎刑事訴訟法講義(池田修、前田雅英)
倒産法:◎破産法民事再生法(伊藤眞)
お勧めの順に◎○△を付しています。これらは何度も読みましたし、他にも何冊も読みました。同じ本を2回読むことを2冊と数えるなら、3年間で50冊くらい通読しました。基本書は必要な箇所だけを拾い読みするのではなく、1回目は必ず1ページ目から最後のページまで、一行一行通読してください。本を読むということは、著者の思考プロセスを自分の脳にコピーするということです。これは本全体を読んでみてこそできることです。本全体に表れる著者の思考を細分化して断片的に読んでいくと、著者の思考プロセスがあまり伝わってきません。僕もそうでしたが、最初のうちは基本書を読むことはとても大変だと思います。ですが、1つの本を2・3回読んでみたら必ず理解できてきます。そして、最初の1・2冊は何回か読まないと理解できず、読むのに時間がかかってしまいますが、3冊目ぐらいからは1回目からでも十分に理解できるようになってきますし、冊数を重ねるごとに読むスピードや理解力はどんどん向上していきます。
 基本書の読み方としては、書かれている字面を目で追いつつ、同時に頭の中では基本書に書かれていることと同じことが自分の頭で一から論じられるものかどうかを確認していってください。慣れないうちは、1ページ読んだら本を閉じ、書いてあることを頭の中で自分の言葉で論証してみるといいかもしれません。基本書に書かれていることをそのままなぞるのではなく、一度頭を真っ白にした状態で一から理論を組み立ててみてください。これができるということは、基本書に書かれていることが自分の理解になっているということです。基本書に書かれている記述だけが頭に記憶されるのではなく、著書の考え方そのものが少しずつ自分の頭にコピーされてきます。また、頭の中で基本書に書かれていることをコンパクトに論じていくことは、アウトプットの練習にもなります。僕は3年間、ひたすら基本書を読んでいるだけでしたが、これだけで膨大なアウトプットの練習も兼ねていたと思っています。
6 土曜クラスやゼミ、予備校の利用について
土曜クラスで答案を書いてみると、理解していたつもりでもうまく書けないことがわかり、実は自分がちゃんと理解していないことを認識することができます。しかし、理解していなかった点について、答案を書くことで理解することはできません。また、1回の答練では限られた範囲についてしか考えることができず、法律全体について理解度を確認しようと思えば、かなりの時間がかかってしまいます。そこで僕は、基本書通読を補完する程度で答練をしました。実際には、年に数回していたぐらいです。
ゼミをするなら、自分よりも力があり、合格レベルに達している人が必ず一人はメンバーにいる必要があると思います。言葉は悪いですが、まだ受かってもいない者同士で不十分な理解と不十分な記憶で討論し合ったり、知識を確認し合ったりすることにはあまり意味はないどころか、弊害も考えられます。特に、まだ何も知らない未修者が、他学生から必ずしも正確な理解に基づくとは限らないことを教わってしまうという危険性には注意しなければなりません。また、ゼミをする場合にはどうしても無駄が発生しがちで、時間の効率もあまりよくないのかなとも思います。僕は、各自が独学をしつつ、逐一わからないことだけを確認し合うというスタンスがいいのではないかと思っていますが、ゼミをするにしても以上のような弊害に注意しなければなりません。
予備校はほとんど利用せず、本試験の半年前くらいからTKCの択一模試を数回受けてみた程度です。これはモチベーション維持が主な目的です。ただ、予備校の本試験直前の全国模試だけは受けてみてよかったと思っています。本試験と同じ会場で、知らない大勢の受験生に囲まれて本試験を体感することで、いろいろと学ぶことができました。例えば、試験期間中のスケジュールを現実的に把握することができ、食事や休養をどうするか考え、睡眠導入剤(ドリエル)や栄養ドリンクを試してみることができました。
7 頭を鍛えるためには心と体のバランスも大切
 リラックスする時間を大切にしましょう。
 2・3年という長い受験期間、自分の勉強サイクルを維持するためには、心と体と頭のバランスを維持することがとても大切です。どこかで自分の限界を超えた力を出してしまうと、バランスを崩してしまいスランプを生む原因になります。これでは長期的に見て効果的な勉強ができなくなってしまいます。それよりは、ある一点で100%の力を出すのではなく、年を通して80%の力を維持するような勉強サイクルを維持することが大切だと思います。その上で、心のバランスをとるために生活に楽しみを取り入れ、また、体のバランスをとるために体を動かす機会をもつことが大切だと思います。僕の場合、年に1回は海外旅行、年に2回は国内旅行に行っていました。また、年に数回プロ野球を観に行ったり、ライブにも行ったりしていましたし、食事が好きなので月に数回はおいしい物を食べに行ったりしていました。また、週に2回ぐらいのペースでジムに通っていましたし、たまにキャッチボールや野球の試合に参加したりしていました。
 勉強し続けるためにこそ、勉強以外のリラックスする時間を取り入れる必要があるということを考えてみてください。

第3 特に効果的だった勉強法・取り組み
1 六法の各法律のタイトル(見出し)にマーカーを引く
六法の各法律のタイトル(第一編○○や第一節○○)にマーカーを引いて利用してみてください。できれば新品の六法で、マーカーが引かれているのはタイトルだけにして目立つ状態にして使うのがいいと思います。各条文(ファイル)がどのタイトル(フォルダ)に含まれているかが一目瞭然になり、体系的な記憶・理解に役立ちます。各条文を見る時には、毎回、その条文がどのタイトル内に含まれているかをチェックしながら読むようにしてください。マーカーを引く作業だけでも、条文がいかに美しく立法されたものかが改めてわかり、思考が非常に整理されると思います。なお、目次をコピーして使っている人もいますが、これは毎回チェックするには煩わしく、お勧めできません。
2 判例百選を単語カードにまとめる
判例百選を全科目、全判例を単語カードにまとめて徹底的に記憶・理解しました。もちろん、ただ判文を丸覚えするのではなく、全ての判例を自分なりに解釈して、まとめてコンパクトな論証にした上で記憶していきました。これはかなり大変な作業で、僕は全科目をまわすのに3ヶ月半もかかりました。しかし、判例を分析してまとめていくだけでも力はめちゃくちゃつきます。
判例の規範を理解・記憶しておくと、論文を書いている時に何か論証に困ったとしても、何かの科目のどこかの判例に似たような事案があり、判例の規範を使い回すことができます。徹底的につぶした多くの判例を自由に扱えることはかなりの武器になります。
3 費用対効果を意識する
 勉強法を模索するとともに、勉強中の能率を上げる方法も模索する。
 勉強方法によって合格までにかかる時間や最終到達点が全く異なります。常に自分の勉強時間当たりの実力向上という効果が、費用対効果として優れたものかどうかを検討しながら勉強するようにしてください。勉強とは、いかに理解していかに記憶したかが肝心であって、勉強時間の多さが求められるわけではありません。勉強方法自体を模索し、かつ、勉強中の能率・集中力を上げる方法も模索してください。僕の場合は、記憶重視の勉強法はあまり効率的ではないと思っていますから、記憶だけの勉強については勉強時間をゼロとカウントしていました。また、勉強する時は一定の集中力を保てる場合に限定していました。聞くところによると、1日10時間もの勉強を1週間やり続けている人もいるそうです。しかし、仮に司法試験が1日10時間で1週間連続の日程だとしたら、到底こなすことができないように、これだけの大量の時間、自分の頭をフル回転させることは困難なはずです。僕は日頃の勉強中においても、本試験と同等とまではいかなくても、心拍数が上がり、じっとり汗を書くような状態で集中しています。もっとも、いつも集中力を維持させるためには、先に述べたような心身のバランスがいよいよ大切になってきます。より効果的に力をつけるためには、単に勉強時間をかけるということではなく、日々の生活を含めてあらゆる角度から効率化を図る必要があります。

第4 択一試験について
 受験生にとっては、やはり試験に受かることが切実な目標ですから、ここでは試験のことを取り上げてみます。
2 択一試験の特徴
 80%確かな広い知識よりも100%確かな狭い知識が必要です。
 僕は基本的に択一試験固有の対策は必要ないと考えています。新司法試験の択一試験では深く広い知識は問われていません。むしろ、浅く狭い基本的な知識を「100%」正確に身につけているかが問われています。択一の問題を間違った人も、その答えを全く知らなかったわけではなく、聞いたことはあったものの不正確に覚えていたために間違ったものばかりだと思います。それならば、択一固有の対策をするまでもなく、日頃から注意深く基本書や条文を読んでいれば、自ずと択一の点数は上がっていくはずです。択一の問題を間違う原因は、記憶・理解していないことではなく、記憶・理解をしていたものの不十分だったからに尽きます。80%の正確な知識を幅広く身につけるより、狭い範囲でいいから100%確かな知識を身につけてください。
3 択一試験に繋がる勉強法
 条文、判例、基本書を「一字一句」丁寧に読むことに尽きる。
 基本書や条文を読む際には「一言一句」をちゃんと目で追って読んでください。択一の点が上がらない人は、例えば、条文が100字から成り立っている場合に、文字をところどころ飛ばしながら、90字くらいだけ目で追って、およそこんなことが書いてあるのだろうと読んでいるのではないかと思います。これでは100%正確な知識は絶対に身につきません。例えば、「裁判所」「裁判官」「裁判長」はそれぞれ言葉が違うにも関わらず、「裁判○」と読んでしまい、およそ裁判機関のどこか、という程度に記憶してはいけません。判例についても、一言一句読んでください。試しに、判例については一瞬だけでもいいから判文を覚えて暗唱してみてください。これは、丸覚えすることを目的とするのではなく、空で判文を言うためには必ず一言一句知っていないと再現できないことから、判例をきちんと一言一句読んでいることの確認になるからです。あと、僕は、肢別本は全くやりませんでしたが、肢別本は知識が細分化されすぎていて、極めて効率が悪いように思います。知識は、細切れで覚えるよりも有機的に関連させて横断的に覚えた方が身につきやすいからです。敢えて択一本でお勧めするとすれば、商事法務のタクティクスという問題集であれば、知識を横断的に確認することができ、利用価値はあるかもしれません。あと、択一対策として模範六法や判例六法を覚えるという話を聞きますが、これは理解がともなわない記憶であり、とても危険だと思います。仮に模範六法を択一対策に用いるなら、論文では使わない、結論だけを覚えておけばとりあえずは足りる分野のみに限るべきなのかなと思います。あと、一通り判例を理解し終わった後に、知識の穴埋めのために利用するのであれば有用かもしれません。
 僕は択一試験対策をあまり重視しませんでしたが、それでも現在の到達度を知る必要はありますから、2年次の秋からTKCの模試を利用しました。あと、試験直前には、2週間に一度くらいの割合で計5回くらい、予備校や市販の模擬問題をやりました。目的は、択一固有の知識補充とモチベーション維持です。

第5 論文試験について
1 論文試験の位置づけ
 成績の算出方法からして、論文試験に大きな重点を置くべきなのは間違いありません。論文試験は点差がつきにくく、択一試験で決まるなんていう意見もありますが、法務省が公表している通り、論文試験の成績には必ず差がつくように制度設計されています。
2 合格答案のイメージを持つ
 論文でいい成績をとるためには、そもそもいい成績がとれる答案とはどういったものなのかを知らなければなりません。そのためには、上位合格者の答案を何度も読んでみることです。上位合格答案は僕のものをお渡しできますし、辰巳も毎年出版していて、僕の再現答案もH氏で掲載されています。法務省発表の出題の趣旨やヒアリングを踏まえて、上位合格答案と自分が書く答案の違いはどこにあるのかを何度も分析し、少しずつ似させていくことで、イメージが掴めてくると思います。具体的にどういった点に着目すべきかは「4」で述べます。
3 合格答案を書いているという意識を持つ
次に、論文を書く時には、自分は合格答案を書いているのだという意識を常に持ってください。合格答案とは、全国で上位25%に入る答案のことです。今、自分が記述していることは、全国で上位25%に入る人しか書けないことなのか、司法試験受験生ならば100人中100人が書けるような、一般論やありがちな抽象論をだらだらと書いてはいないか、自問自答してみてください。不合格者が、誰もが書ける一般論や問題提起、評価のない事実の抜き出し等をだらだらと記述して時間とページを費やしている間に、上位25%の人はそれらをさらっと書きつつさらに自分なりの意見を書いています。余談ですが、日頃勉強をする時にも、今、自分がやっている勉強は、全国で上位25%に入るぐらいに効率のいいものなのか、それだけの費用対効果が得られているのかを考えながら勉強してみてください。
4 論述は読み手を説得させるためのもの
(1)最大の争点が何かを把握する
「たった1つの争点についてのみ論じなさい」という問題ならばどれを論じるか。
論文を書く際には、自分が実際に裁判の当事者だったら何を主張するかを考えてみてください。論述や主張は相手を説得させるためのものですから、説得が最も必要な点、すなわち最大の争点を一番厚く論じることが、最も説得力がある論述なのだと思います。答案で一般的抽象的な法律論をだらだらと書いてしまう人は、裁判で「事件とは必ずしも関係ないですが、ちなみに一般論ではこうなりますよ。まぁ、本件とは関係ありませんがね。」なんて主張している弁護士を想像してみてください。いかにも凡庸でしょう。事件と関係がなく誰も知りたいと思っていないことをいくら書いても、説得力は上がらないどころか、争点がぼやけてしまいます。そこで、まず問題文を読んだら、仮に「たった1つの争点についてのみ論じなさい」という問題ならばどれを論じるかを考えてみてください。次に、もう1つだけ論じるとしたらどれを論じるかを考えてみてください。このようにして、論じるべき順位を考えた上で、本件で大切な争点のうちいくつかに限定して論じてください。思いついた争点から順番に書いていってはいけません。本件とあまり関係のない論点については、さらっと解説するのが適切な論述だと思います。新司法試験では、数ある争点の中で、本件で最大の争点がどこなのかを把握し、問題となる争点に優先順位・強弱をつけて論じることが求められています。
(2)事実の抜き出しは必要最小限にする
 要件・規範と関係のない事実を書いてはいけない。
 事実の抜き出しは必要最小限にしてください。これは出来るだけ事実を拾わないようにするという意味ではありません。要件を基礎づけるための事実は必ず抜き出さなくてはなりませんが、真に要件を基礎づけている必要十分な事実「だけ」を抜き出すことが大切ということです。論述の目的は相手を説得することですが、余事記載は本当に大切な記述の重点をぼかしてしまい、説得力が減殺されてしまいます。例えば、
<例文>「甲は、夜中にA町の西にある公園において、事前にB町の骨董屋で購入していた日本刀を用いてXを殺害した。よって甲には殺人罪が成立する。」
という記述のうち、殺害した時・場所を示す「夜中」という事実や「A町の西にある公園」という事実は、殺人罪の構成要件とは関係がなく書く必要はありません。このように要件と関係のない事実を書いてはいけません。
(3)事実の意味付けを書く
 読み手を説得するために必要な限りで書くことが大切です。
事実を抜き出した後、要件に当てはめる前に事実の評価をし、それを論じることになります。では、<例文>で殺人罪の実行行為性を基礎づける事実の評価(事実の意味付け)として、日本刀の殺傷能力について触れるべきでしょうか。ここで気をつけて欲しいことが、事実の意味付けに限らず、論述の目的は相手を説得すること、ということです。日本刀に殺傷能力があることは誰が考えても明らかですから、敢えて記述する必要はないわけです。思いついたことをともかく書けばいいわけではなく、読み手を説得するために必要なことだけを書かなければなりません。逆に、例えば凶器がカッターナイフの場合、必ずしも殺傷能力は高くありませんから、刃を何cm出していたとか、切りつけた部位はどこか等ということを論じる必要が出てきます。要は、凶器について殺傷能力が高いか否かについてどの程度争う余地があるか、すなわち争点の大きさに応じて論述しなければならないということです。
(4)どの事実がどの要件に対応しているかを明確にする
 ここでも、読み手を説得するために必要な限りで書くことが大切です。
極端な例として、問題文を全て丸写しして、よって殺人罪が成立する、という答案も結論としては間違ってはいないわけです。しかし、これでは、事実が必要十分じゃない点で劣っているだけでなく、どの事実がどういう理由でどの構成要件にあたるかが明確でないという点でも説得力がありません。
これを<例文>で考えてみますと、日本刀がどこで購入されたものかということは日本刀の殺傷能力とは何ら関係がなく、殺人罪の実行行為性の評価とは繋がりません。では、これは構成要件とは全く関係のない事実でしょうか。いいえ、事前に購入していたことを殺意の認定に利用することが考えられます。ただ、先ほどの<例文>のままですと、まるでB町の骨董屋で購入していたということが日本刀という凶器の属性を示すことを目的として書かれているように読めてしまいます。ですから、ちゃんと理解していることを示すために、事実には意味づけをした上で、どの要件を充足するのかを明確にする必要があるわけです。例えば「甲は日本刀でXを殺害している。また、甲は同日本刀を事前に購入しており計画性が認められることからすれば、甲は殺意を有していたものと推認できる。よって甲には殺人罪が成立する。」としなければなりません。
他方、<例文>では実行行為性や結果発生、因果関係は特に問題になりません。それにも関わらず、「甲は日本刀という殺傷能力が高い凶器を用いてXを切り付けており、当該行為はXの死をもたらす現実的危険性を有する行為であって、殺人罪の実行行為性を有する。また、Xは死亡しており、殺人罪の結果も生じている。そして、甲がXを日本刀で切り付けたことにより、Xの死亡結果が発生することは社会通念上相当であり、因果関係が認められる。よって殺人罪の客観的構成要件を充足する。」と分析的に論述されると余計に理解しづらくなります。新司法試験は実務家養成試験であって、学術論文試験ではありません。理論の正確性は説得力を担保するものにすぎず、理論の正確性を重視しつつも、説得力を一番に考えなければなりません。
僕の意見ですが、説得力があるのであれば、多少理論の正確性は劣後させてもいいと思っています。例えば、民法の要件事実で、全く争いがない事案であれば「債務不履行」を1つの要件事実のように書いてしまい、本件では問題なく認められる、のような感じで論述してしまってもいいと思っています。争点でなければ説得の必要はないからです。
(5)タイトルをつける
 本稿のように、必ずタイトルをつけてください。そして、タイトルをつけるからにはその章の中にはタイトルと関係のないことは記述してはいけません。そのためには、事案の争点を圧縮し、切り分けることが必要です。ですから、書き手にとっては思考が整理されますし、読み手にとっても非常に読みやすいものになります。もっとも、それだけ争点を圧縮し、論述を整理することはなかなか大変ですから、今日から、何か文章を書く時にはタイトルをつけて書く訓練をしていってください。
(6)簡易な議論で最大限の説得力
 答案構成段階で意識して欲しいことですが、法的理論はなるべく簡易なものにするように心がけてください。簡易な議論であればあるほど、読み手にとって理解しやすく、説得力があります。まれに、やたらと崇高な議論を用いる人もいるのですが、新司法試験は学術試験ではありませんから、議論が高度であれば高得点を取れるわけではないと思います。誰もが知っている理論を誰よりも正確で簡易に論述することが大切です。簡易な議論で最大限の説得力が図れる理論を組み立てることを意識してみてください。

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