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【第1話】“正しい恋愛”って本当にあるの?――『あなたのことはそれほど』は『逃げ恥』『カルテット』を超えられるか

※本稿は、2017年4〜6月にかけて、小学館が運営していたWebメディア「テレビPABLO」に連載していたものです。

『あなたのことはそれほど』自体は、取り立てて2017年を代表するほどの傑作だったわけでもないドラマですが、毎週極限まで深読みをし、さも恋愛の本質をうまく言い当てたドラマであるかのように腐心しながら書きました。その結果、恋愛(ドラマ)論としてそこそこのものにはなったような気がします。

残念ながら、現在では「テレビPABLO」がメディアとしてすでに閉鎖してしまっており、当時の連載記事も長らく読むことができなかったのですが、2019年1月1日に、TBSが何を思ったのか今さらこのドラマを一挙放送するという暴挙に出たことを知り(2018年のドラマですらないのに、なぜ?)、せっかくなのでこの機会に勝手にnoteで公開してみようと思い立ちました。
(小学館の元「テレビPABLO」関係者の方、契約上どうだったかの記憶がないのですが、もし原稿買い切りだから勝手に再掲載するなということでしたら連絡ください)

今、編集者としての仕事で正直いっぱいいっぱいで、全然この手の原稿書けてないんですが(本当は『監獄のお姫さま』も『アンナチュラル』も『コンフィデンスマンJP』も『獣になれない私たち』もレビュー書きたかったですよそりゃあ。『おっさんずラブ』とか『透明なゆりかご』とかもね。『anone』だけはなんとか「女子SPA!」に書きましたけど)、やっぱり書き続けないとダメですね。こういうのは定点観測が大事なんで。2019年はぼちぼちこっち方面の仕事も再開したいです。ってことで、今年もよろしくお願い致します。

あ、ちなみに原稿は当時、私が送った生原稿を編集者の方が情報を正しいものに直したり、言い回しや体裁を整えたり、コンプラ的にどうかという表現をマイルドに変えたりしてくださった上で掲載されていたんですが、いかんせん「テレビPABLO」さんがなくなっちゃったんで、実際に掲載された最終稿っていうのが実は私の手元にも残ってないんですよ。なので、今から載せるのは私が最初に書きっぱなした出来立てホヤホヤの生原稿なんで、もし情報の間違いとかがあったらそこは見逃してください。では始めます。

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●婚活女性が直面する“ときめきか、生活か”のジレンマ

『重版出来!』『逃げるは恥だが役に立つ』『カルテット』と話題作が続き、すっかり注目枠となったTBS系の火曜10時枠。満を持して4月期から始まったのが、いくえみ綾の漫画が原作の『あなたのことはそれほど』だ。

『昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜』や『不機嫌な果実』など、昨今はやりの“ドロドロ不倫ドラマ”の系譜に位置づけられるようにも見えるこのドラマ。しかし個人的には、本作成功のカギは、『逃げ恥』『カルテット』が浮かび上がらせた“結婚(恋愛感情)は信用できないけど、家族(居場所)は欲しい”という今の時代の気分を、いかにすくい上げ、昇華させるかにかかっているような気がしている。さっそく第1話をレビューしていこう。

物語は、友人の結婚式を終えた三好美都(波瑠)が、化粧室の鏡に二の腕を映して気にする場面から始まる。のちに語られることだが、彼女は中学時代、初恋の相手だった有島光軌(鈴木伸之)に二の腕を引っぱられて「腕、細いのな」と褒められたことを甘い記憶として持ち続けている。いつかまた彼に会ったとき恥ずかしくないように……と、今もダイエットして二の腕の細さを気にしているのだ。

そんな美都は、結婚した友達が「結婚相手は生活力(で選ぶ)」と言い切っていたことに納得できないようす。常日頃から、「婚活で結婚、合コンで彼氏は羨ましくない」「私は彼が欲しいんじゃなくて、恋がしたいの」が持論らしい彼女は、「運命の人と、奇跡的で必然な出会いをして、宿命の恋に落ちて、一番好きな人と結婚」することを理想と夢見ている。

この“ときめき依存”や“自然な出会い信仰”は、婚活する人が陥りやすい罠のひとつだ。世間のプレッシャーに押されて結婚しなきゃと焦っているものの、その実、本当は結婚ではなく恋がしたいだけだったり、結婚生活に具体的なプランを持っていなかったりする人に多い。

結婚相手に求める好みや条件を“ときめき”“運命”というブラックボックスに入れてしまうと、主体性がなく受け身の婚活になりがちだし、うまくいかなかったときも「運命の人じゃなかった」で片付けてしまい、反省や改善が利かないのだ。

しかも美都の場合、シングルマザーだった母・悦子(麻生祐未)が、娘を育てるためにお金持ちのオヤジに取り入っていたかつての姿に嫌悪感を抱いていたことも大きい。いわゆる“美貌とお金の等価交換”で成り立つような結婚をことさら憎んでいたことも、彼女の“ロマンチック至上主義”に拍車をかけていた原因だろう。

さて、そんな婚活女性を惑わせるのが、世間でよく言われる“恋人向きの相手と、結婚向きの相手は違う”というありがちな言説だ。

押しが強くて積極的、女性の扱いに慣れていてリードするのがうまく、頭の回転も早くて適度に相手を振り回しドキドキさせてくれるような男性は、恋愛市場で確実にモテる。まさしく、有島のような男である。しかし、そんな男性ほど実は本気じゃなかったり、結婚したとしても浮気したりモラハラになったり、子どもの面倒をまったく見てくれない……なんてのはよくある話だ。

じゃあ、最初から家庭的で結婚にコミットしてくれる人を選べばいいわけだが、美都が「女子はおままごとの頃から、男子の何倍、何十倍も恋を夢見てる」「男子とは恋の研究量が違う。努力が違う。女子は恋のアスリート」と語るように、子どもの頃から恋愛至上主義を刷り込まれてきた女性は、得てしてそういう男性には“膣キュン”(©暇な女子大生)できないのである。

自分がパートナーに求める優先順位を、よっぽど冷静に洗い出して覚悟が決まっている人でない限り、多くの女性はこの二者の間で引き裂かれる。そして案の定、美都の前に現れた渡辺涼太(東出昌大)は、少なくとも“結婚向きの相手”としては最良の物件だった。

美都「仕事も安定してるし、家事もできて優しくて、結婚が生活だっていうなら、一緒に暮らすには最高の人なんです」

彼女が占い師に伝える涼太の人柄は、「一緒に暮らす“には”」という留保が付いている。そう、嫌いじゃないし、愛情も感じる。しかし「全然ときめかない」のである。ベッドの上であすなろ抱きされても「柴犬に抱かれてるみたい」、プロポーズされても「犬の動画見ても泣けるのに、さっぱり泣けなかった」と、なぜかやたらと犬でたとえたがる美都。それだけ、愛着は感じるが欲情はしない、ということだろう。

占い師「あなた、幸せになりたい?」
美都「もちろん」
占い師「だったら、二番目に好きな人と結婚したほうが幸せになれる」
美都「また? どうしてですか? 私、一番好きな人と結婚するのが夢で……」
占い師「夢だから。あなたの夢は幻。いない人に恋しても、幸せになれないよ」

“夢見たときめき=幸せ”か、“今そこにある現実=幸せ”か。

結局、美都はそこにある幸せを選び、涼太と結婚する。しかし、皮肉にも運命は美都と有島を偶然にも再会させる。そして、盛り上がった2人は、かつてのように有島が美都の二の腕を引っぱる形で、ラブホテルへとなだれ込んでしまうのだ。

美都が医療事務として働く武蔵野眼科の同僚・瑠美(黒川智花)は、客としてきていた涼太のことを、いみじくも「無駄に手がきれい」と評した。涼太の手の平は、確かに自分から手にとって鑑賞するには美しい。しかし、美都が求めているのは、自分の二の腕を引っぱってどこかへ連れて行ってくれる強引さなのである。第1話では、この「二の腕をつかむ」という動作が何度もリフレインされるのが印象的だった。

●恋愛の本質は“間違っているけど幸せ”にある?

“夢見たときめき”を幸せとするか、“今そこにある現実”を幸せとするか。これだけでは、よくある不倫ドラマの域を出ないだろう。本作が『逃げ恥』『カルテット』に続くドラマとして名作になるかどうかは、おそらく“その先”を描けるかにかかっていると思う。

『逃げ恥』では、それまでみくり(新垣結衣)の意志を尊重し、慎重に話し合いで何事も解決しようとしていた平匡(星野源)が、童貞を喪失した途端に恋愛感情に絡めとられ、彼女に“好きの搾取”をしようとするさまが描かれた。

『カルテット』では、いつまでもミステリアスな恋人でいたかった幹生(宮藤官九郎)と、安心できる家族になりたかった真紀(松たか子)の夫婦が、お互いを思い合いながらも残酷にすれ違っていくさまを描いた。

双方のドラマともに、恋愛感情は“不確実で移ろいゆくもの”“相手に幻想を押しつけるもの”として描かれ、その代わり“契約結婚”というビジネスライクな共同経営や、血の繋がらない他人同士の“疑似家族”のような共同生活が、恋愛を超える新たなパートナーシップとして肯定されていた。

そして、『あなたのことはそれほど』の第1話でも、“恋愛感情の信用できなさ”は描かれる。冒頭で、映画『卒業』ばりのドラマチックな駆け落ちによって結婚式を逃げ出した女性と、後日、美都が再会するのだ。彼女は駆け落ちした男性とはすでに別れており、結局周りに迷惑をかけただけだったと語る。

女性「でも私、道徳の先生じゃないんで。よかったなあって。嘘ついていい人でいるより、間違っても幸せなほうが。きっと罰当たりますけど」

それに対して美都は、「いい人のまま、幸せになれないのかな」とつぶやくのだが、いざ自分が有島と運命的な再会を果たし、ホテルに連れ込まれると、こう思ってしまうのである。

美都「こんなの間違ってる。だけど今、どうしようもなく幸せ」

このドラマは、ポリティカリー・コレクト(政治的・社会的に公正・公平・中立的)な“正しい恋愛”は果たしてあり得るのか、ということを私たちに問いかける作品になるだろう。恋愛が、そもそも“正しさを逸脱することに幸せを感じてしまう”感情のことなのだとしたら、それでも私たちは、結婚や家庭といった秩序と、恋愛感情とを両立できるのか。本当にしなければいけないのか。

それをシビアに描き切ったとき、『あなたのことはそれほど』はきっと傑作ドラマになるに違いない。

ちなみに、ネットで“第2の冬彦さん”とも評される渡辺涼太の狂気と、美都が求める純愛とは裏腹に、ただただ彼女の“好きを搾取”していくであろう有島光軌の空虚さについて考察することは、そのまま現代男性の闇を考えることとイコールになりそうなので、第2話以降のレビューに譲ることにしよう。

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【2019年の福田から一言】
記事タイトルの「『あなたのことはそれほど』は『逃げ恥』『カルテット』を超えられるか」っていうのがもう、今となっては答えが歴然と出ちゃっていて虚しいばかりですね。


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