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金子勇とWinnyの夢を見た おわりに

※この記事は、Advent Calendar 2023 『金子勇とWinnyの夢を見た』の最後の記事です。


◇ここから、そしてこの日から、世界史の新たな時代が始まる◇

2008年10月31日、クリプトグラフィーのメーリングリストにビットコインを作ったとメールが届いた。Web上に9ページの論文 "Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System" が公開された。

この論文を書いたのは、「サトシ・ナカモト」となっていた。論文の中身は、金融機関を介さずにピア・ツー・ピア技術を使って、当事者同士直接オンライン決算を行う方法についてだった。二重支出問題の解決には、かつてアダム・バックがハッシュキャッシュで使ったPoW(プルーフ・オブ・ワーク)という手法が使われていた。

「サトシ・ナカモト」を知っているものはおらず、また、その名前は匿名だった。

そして、2009年1月3日に最初のビットコインが発行された。

◇無鉄砲さとは天才であり、力であり、魔法◇

ビットコインが開始された当初は、無視されるか批判的な意見ばかりだった。その中で、何人か開発に協力してくれる人物が現れた。

1人は、ギャビン・アンドレセン。コンピューターオタクばかりのメンバーを協力させ、能力を引き出す術を知っていた。

もう1人は、ハル・フィニー。ビットコインに即座に反応し、最初から肯定的に関わっていた。サトシ・ナカモトからの信頼も厚かった。サトシ・ナカモトが最初にビットコインを贈った相手であり、ビットコインネットワークの最初の取引受取人となった。

ハルは、以前、オープンソースの暗号化技術PGP(Pretty Good Privacy)のプロジェクトに参加しており、暗号化技術に詳しかった。また、2004年にはRPoW(再利用可能なプルーフ・オブ・ワーク)を発表しており、技術的にもビットコインの開発に大きな貢献をした。

◇光多き場所は、影もまた強くなる◇

ビットコインは、マネーロンダリングなど犯罪にも利用された。また、それまでは貨幣を作ることができるのは「国家」だけであり、それは権威の象徴であったた。ビットコインは「国家」の権威を脅かす存在であり、「国家」に対する挑戦と受け取られた。

論文が匿名で発表されたのは、あらかじめこのような事態を予想していたのかもしれない。

次第に、ビットコインは、サトシの理想と程遠いものになった。

ビットコイン開発者同士の激しい対立や、マイニングが数十億規模の巨大ビジネスとなり、一握りのプレイヤーによって支配されてしまった。

非中央集権を目指したビットコインは、自由を与えてくれるはずだった。しかし、自由と義務はセットである。人類には、一人一人が責任を持って関わる民主主義は早すぎたのだろうか。

◇空気と光と友人の愛、 これさえあれば大丈夫だ◇

サトシ・ナカモトが始めたビットコインなので、彼もビットコインを所有している。おまけに、ビットコインは先行者に有利な仕組みになっているため、一説では100万ビットコイン(約4兆円)を保有していると言われている。

しかし、そのビットコインを法定通貨に換えた記録は見つかっていない。彼は、お金も名誉も、全てを完全に拒否し、世界を進歩させることのみのために働いたことになる。

正に、サトシ・ナカモトは、エンジニアとしての生き方を問う存在である。

ハル・フィニーは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患い、2013年3月にビットコインの開発から離れることにした。サトシ・ナカモトも、同時期から連絡が少なくなった。

◇喜びと愛が、偉大なことを成し遂げる両翼となる◇

ハル・フィニーは 2014年8月28日に58歳でなくなる前に、メッセージを残した。

私は時々技術的なテーマに取り憑かれてしまう。
執着といっていいかもしれない。
普通の人なら何ヶ月もかかるプログラムを一心不乱にたった数日で書き上げてしまう。
暗号学は知的でやりがいがあり、非常に役立つ技術だ。
だから学び始めたら本当にワクワクしたんだ。
それで暗号ソフト開発者と関わるようになった。

◇重要なのは生きることであり、生きた結果ではない◇

サトシ・ナカモトがやりたかったのは、あくまで技術革新だ。技術の評価に関して、雑音や偏見を持たれるのを嫌ったから、匿名にしたのかもしれない。

そして、これがサトシ・ナカモトの最後のメッセージとなった。

I've moved on to other things.
また、他のことをするよ


※市民X『謎の天才「サトシ・ナカモト」』, NHK BS, 2023-11-26 21:00~

※ハッカーの遺言状──竹内郁雄の徒然苔第1回:ハッカーは二度死ぬ?

※『ビットコイン論文からさぐる ブロックチェーンのヒント』, 樋口匡俊 オージス総研, オブジェクトの広場, 2019-01 ~ 2020-10

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