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渡辺祐真編『みんなで読む源氏物語』

 2023年12月に発行された『みんなで読む源氏物語』は、様々な分野の人が源氏物語について書いた文章や対談を集めたアンソロジーです。

 国文学者の川村裕子さんは、作者である紫式部のプロフィールを紹介しています。特に、20歳年上の夫、藤原宣孝のぶたかとの間柄や、宣孝のし後、書き続けられた物語ということで、より味わい深さを感じられます。

 歌人・俵万智さんと能楽師・安田登さんの対談では、『源氏物語』を「能」としてイメージすると、ビジュアルだけでなく、音や皮膚感覚も感じられるダイナミックさが出てくる。また、歌のやり取りの中に、登場人物の本当の姿が見えてくるという話をされています。味のある歌が多い中で、以下のようなユニークな歌もあり、興味をそそります。

唐衣またからころもからころもかえすがえすもからころもなる

29帖「行幸」

 歌の下手な末摘花すえつむはなが、どの歌にも枕詞の「唐衣」をつけてくるので、光源氏がちょっとからかって返した歌です。

 端から端まで読むのではなく、好みのところを精読する事を勧めています。

 作家で書評家の三宅香帆さんは、女性たちの身分の違いによる関係性の面白さを教えてくれます。桐壺更衣がなぜあんなに攻撃されていたのか、本文にはほとんど説明がありませんが、女たちの嫉妬が生まれる背景を教えてくれます。また、登場する女性たちを階級の高い順に並べた表は、『源氏物語』を読む際に、参考になりそうです。

 翻訳家の鴻巣友季子さんは、『源氏物語』を現代文学と比較して、その構造がいかに先進的だったかを解説しています。ウルフやジェイムズ、プルーストらのモダニズム作家が発展させた「意識の流れ」の手法が既に取り入れられており、作品の中の時間の流れは、「クロノス時間」から、人間の内面を投影して波上にいききする「カイロス時間」となって描写されていると言います。そして、角田光代さんの現代語訳は、『源氏物語』をモダニズム文学に仕立て上げていると評価しています。


 後半は、『源氏物語』が世界文学となった立役者、アーサー・ウェイリー (Arthur David Waley) の『源氏物語 (The Tale of Genji)』 (1921-1933) の素晴らしさと、それを日本語訳にして楽しむ意味を語っています。毬矢まりえさんと森山恵さんの姉妹による『源氏物語 A・ウェイリー版』(全4巻)は、これまでとは大きく違う翻訳になっており、円城塔さんとの対談で、何を伝えたかったのかが語られています。

 ここで突如、物理学の全拓樹教授が登場。「源氏物語」とオルダス・ハクスリーの「恋愛対位法」に類似性を感じ、彼女と映画を見た後にその大発見を報告したら、「へえ、おもしろいわね。」と、ものすごく興味なさげな返事をもらってしまうという青春記が語られます。

 高知工科大学の教授になってからも、工科大学の学生であっても、一度くらい源氏物語に目を通したほうが良いのではないかと、大学図書館に毬矢まりえさんと森山恵さんの姉妹の『源氏物語 A・ウェイリー版』を納入させるなど、なかなかの曲者です。

上智大学外国語学部教授の小川公代さんは、『源氏物語』の中のフロイト的な語りや、ヴァージニア・ウルフ的な「意識の流れ」、キャロル・ギリガンの「ケアの倫理」を見出します。不美人で、ほうっておいたら朽ち果ててしまうんじゃないかという人に対して、光源氏は自発的にケアの心を発揮している。逆に、美しい女性にはすぐ飽きる。不調和の中に美を見出していると言います。

 近藤泰弘名誉教授と山本貴光教授の対談では、古典をコンピューターで分析する手法について語られています。人間では非常ウニ手間がかかったり、見落としてしまうような部分を、コンピューターなら瞬時に処理可能です。コンピューターで『源氏物語』の研究を行うことは、最近まで積極的に行われてこなかったのですが、今後、注目されていく分野になると思います。

 最後に、「源氏聖地マップ」が載っています。次回、京都に行く際は、このマップを参考にしたいと思います。

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