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金子勇とWinnyの夢を見た 第13話 裁判 その5 無罪判決

※この記事は、Advent Calendar 2023 『金子勇とWinnyの夢を見た』の十四日目の記事です。

高裁判決

 2009年10月8日、高裁(小倉正三裁判長)の判決が大阪高等裁判所で開かれました。

「主文 原判決を破棄する。被告人は無罪」

 傍聴席にはどよめきが広がり、記者たちは急いで出ていきます。金子さんは安堵の表情を浮かべました。判決が読み上げられる間、壇弁護士がハンカチで涙を拭う姿もありました。

 弁護側が問題としていた告訴状の有効性についてや、正犯者を特定した手法の問題点については、一審判決をそのまま認めた形でしたが、金子さんの調書については、当該調書が証拠から排除されました。

 また、ソフト提供者が著作権侵害の幇助と認められるためには、利用状況を認識しているだけでは条件として足りず、ソフトを違法行為の用途のみ、または主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供している必要があるとされ、技術開発に配慮した意欲的な判決理由でした。(※1)

 記者会見では、金子さんが「無罪」と書かれた紙を手にした写真が撮られています。関係者の間で「垂れ幕」「びろーん」などと言われていますが、傍聴できずに裁判所前で待っている人たちに判決結果を知らせるものです。この日は、台風が接近するという予報だったため傍聴希望者が少なく、全員傍聴できてしまったため使われませんでしたが、せっかくなのでと記者会見で金子さんが手にすることになりました。

 また、記者会見の後、支持者への説明会で金子さんは、「支援していただいた方々のおかげで戦うことができ、無罪が勝ち取れた。本当によかった」と、何度も感謝の言葉を伝えていました。(※2)

最高裁判決

 ここまで泥仕合を続けていた検察は、2009年10月21日に上告しました。

 決定的な証拠としてきたものが覆され、2010年3月23日に本気の116ページに渡る上告趣意書が提出され、「誰か一人でも悪いことをするかもしれないと認識していれば、幇助犯が成立する」という主張が盛り込まれていました。ここでやっと検察側から幇助の理由が明らかにされました。(※3)

 2010年6月30日に弁護側も100ページを超える答弁書を提出しました。

 それから1年半後の2011年12月20日、最高裁第三小法廷(岡部喜代子裁判長)は検察側の上告を棄却。逮捕から7年と7ヶ月を経て無罪が確定しました。

 検察の上告が棄却された場合、弁護側への連絡はされないため、壇弁護士はTwitterで知ることになりました。午後9時に金子さんと団長、壇弁護士が集まり、東京司法記者クラブで記者会見が開かれました。

 その中で桂弁護士は、

最高裁が、高等裁判所の判断を支持し、無罪としたことについては、当然とはいえ評価するものであります。そもそも本件は、Winnyの技術や価値を全く検討せず、偏見で捜査を進め、立件した事件であり、2004年の逮捕から7年以上経過しており、失われた7年という期間は、金子勇だけでなく我が国のソフトウェア技術者にとって非常に大きな損失でした。
<中略>
警察、検察が基準のあいまいなところに乗り込んできた。こうした姿勢については猛省を促したい。

『「Winny」開発者の無罪確定へ、最高裁が検察側の上告を棄却』INTERNET Watchより(※4)

 と述べ、「摘発できるわけがない、というのは先入観。やれると思えば、やれる」「成果が得られるかどうかは、いかに最後までやり抜くかにかかっている」と強引に無理を通した京都府警察ハイテク犯罪対策室(当時)の捜査姿勢を批判しました。

棄却理由

第三小法廷 岡部喜代子裁判長は、「被告人の関心の中心は技術的な面にあった」とし、ソフトの公開、提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たるのは、以下の場合に限るとしました。

  • 提供者が具体的な著作権侵害行為が行われることを認識、認容しながら公開・提供を行い、その結果実際に著作権侵害が行われた場合

  • ソフトを使う「例外的とはいえない範囲の者」が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認識、認容しながらソフトの公開・提供を行い、その結果実際に著作権侵害(正犯行為)が行われた場合

 この中の「例外とは言えない範囲の者」という表現が謎ワードです。利用者の80%なのかもしれないし、20%かもしれません。

以下は、判決文の概要をまとめています。先の法律の知識がない私が、わかりやすさを優先して書いたため間違いがあると思ってください。他に利用する場合は必ず原文の確認してください

主文

本件上告を棄却する。

理由

第一審判決では、Winnyの技術自体は価値中立的であり、そのような技術を提供する行為自体が幇助行為として違法性を有するかどうかは、その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識、さらに提供する際の主観的態様いかんによると解されました。

そして、被告人がWinnyを自己の開設したホームページ上に公開し、不特定多数の者が入手できるようにしたことが、各正犯者が各実行行為に及んだことを助けたとして、被告人の行為は幇助犯を構成すると評価し、被告人を罰金150万円に処しました。

しかし、控訴審では、インターネット上におけるソフトの提供行為で成立する幇助犯は、これまでにない新しい類型の幇助犯であり、刑事罰を科するには罪刑法定主義の見地からも慎重な検討を要するとしました。

そして、「価値中立のソフトをインターネット上で提供することが、正犯の実行行為を容易ならしめたといえるためには、ソフトの提供者が不特定多数の者のうちには違法行為をする者が出る可能性・蓋然性があると認識し、認容しているだけでは足りず、それ以上に、ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合に幇助犯が成立する」としました。

そして、被告人がWinnyを提供した際に、著作権侵害をする者が出る可能性・蓋然性を認識し、認容していたことは認められるが、それ以上に、著作権侵害の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてWinnyを提供していたとは認められないとし、被告人に幇助犯の成立を認めることはできないと判断し、被告人に無罪を言い渡しました。

まず、幇助犯の成立要件は、「幇助行為」、「幇助意思」、「因果性」の3つであり、原判決が「違法使用を勧める行為」まで必要としたことは、刑法62条の解釈を誤るものと主張されています。

幇助犯とは、他人の犯罪に加功する意思を持って、有形、無形の方法によりこれを幇助し、他人の犯罪を容易にするものであり、他人の犯罪を容易にする行為を、それと認識、認容しつつ行い、実際に正犯行為が行われることによって成立します。

原判決は、インターネット上で不特定多数者に対する価値中立ソフトの提供という行為の特殊性に着目し、「ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合」に限って幇助犯が成立すると解しました。しかし、この解釈は、ソフトの性質(違法行為に使用される可能性の高さ)や客観的利用状況を問わず、提供者が外部的に違法使用を勧めて提供するという場合のみに限定することに十分な根拠があるとは認められず、刑法62条の解釈を誤ったものとされています。

一方で、Winnyは適法な用途にも、著作権侵害という違法な用途にも利用できるソフトであり、これを著作権侵害に利用するか、その他の用途に利用するかは、あくまで個々の利用者の判断に委ねられています。そのため、単に他人の著作権侵害に利用される一般的可能性があり、それを提供者が認識、認容しつつ当該ソフトの公開、提供をし、それを用いて著作権侵害が行われたというだけで、直ちに著作権侵害の幇助行為に当たると解すべきではないとされています。

裁判官大谷剛彦の反対意見

 大谷裁判官だけは有罪であると主張し、反対意見を述べています。

被告人が提供したファイル共有ソフトウェア(Winny)は、情報の交換を効率的に行う技術的有用性を持つ一方で、その効率性と匿名性の機能により、著作権侵害の可能性もあります。このソフトウェアは不特定多数の人々に提供され、提供の範囲や対象には制限がありません。

Winnyの提供行為自体は、適法目的に沿って利用される場合には法益侵害の危険性を持たないが、その有用性が悪用されて侵害的に利用される場合には、提供行為が法益侵害の現実的な危険性、違法性を持つことになります。

被告人の提供行為の可罰性を判断するためには、侵害的利用についての具体的でより高度な可能性が客観的に認められる状況下で提供されることを要件とします。また、幇助犯が成立するためには、この客観的な高度の可能性についての認識と認容という幇助者の故意が求められます。

本件については、Winnyの侵害的利用の容易性、助長性というソフトウェアの性質、内容、また提供の対象、範囲が無限定という提供態様、さらに上記の客観的利用状況等に照らし、被告人において侵害的利用の「高度の可能性」を認めるに十分と考えられます。

幇助犯が成立するためには、主観的要素として、この客観的な高度の可能性についての認識と認容という幇助者の故意が求められます。被告人において、例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する可能性が高いことを認識、認容していたとまで認めることは困難であると主張しています。しかし、被告人に侵害的利用の高度の可能性についての認識と認容も認められると判断します。これが多数意見に反対する理由です。


※1 『「Winny」開発者・金子勇氏、逆転無罪、大阪高裁で控訴審判決』, 三柳 英樹, INTERNET Watch, 2009-10-08

※2 『「この5年間は裁判に勝つことが自分の仕事だった」無罪判決を受け、Winny開発者・金子勇氏が会見』, 三柳 英樹, INTERNET Watch, 2009-10-08

※3 『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』 153p, 壇俊光, インプレス NextPublishing, 2020-04-24,

※4 『「Winny」開発者の無罪確定へ、最高裁が検察側の上告を棄却』, 三柳 英樹, INTERNET Watch, 2011-12-20


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