ハーバード見聞録(48)

「ハーバード見聞録」のいわれ
 本稿は、自衛隊退官直後の2005年から07年までの間のハーバード大学アジアセンター上級客員研究員時代に書いたものである。

「韓国はどこへ行くのか」は長文なので、【前段】と【後段】に分けて掲載したい。


韓国はどこへ行くのか【前段】(12月12日の稿)

間もなく(2022年3月)行われる大統領選挙の結果で、極端な「従北・親中・反米・反日」の韓国・文在寅(ムン・ジェイン)大統領の路線がどう変わるのかが注目されるところである。

私がハーバード大学遊学時代の2006年前後に、アメリカで観察したノ・ムヒョン政権時代の左傾振りを振り返ることは、今後の韓国の動向を見るうえでいささかの参考になるのではないかと思う次第である。
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〇 はじめに
ソ連が崩壊し、中国が台頭する中、日本と同様に中国と地理的に近い韓国と台湾の対米関係と日米関係を比較してみると、夫々三者三様である。

①    日本:嘗て、米・韓安保関係に比べ、日米安保関係は、運用面などで遥かに遅れていたが、日米は地道な努力を積み重ね、今日では「日米防衛協力のための指針(1997年)」などに基づき、米国との同盟関係・安全保障体制の強化を着々と図っている。

②    台湾:今や、台頭する中国の脅威を全面に受ける立場。米国と安保条約も締結しておらず(米議会により制定された台湾関係法(国内法)が台湾支援の根拠)、米軍基地も置いていないにも拘らず、米国が極めて強い防衛意欲を示している。

③    韓国:冷戦時代米国と極めて緊密だった関係から、ノ・ムヒョン政権誕生以降米韓関係に隙間が生じ、中国に接近しつつあるかのように見られる。日本・台湾とは対照的に、韓国のみが従来の米国との強固な同盟関係を弱めるかの如き動きをしている。

本稿は、このような韓国の動向に焦点を当て、
 
1 米韓関係の悪化の現状(トピックとして紹介)
2 ノ・ムヒョン政権誕生までの朝鮮半島情勢概観
3 ノ・ムヒョン政権のアメリカ離れと親北朝鮮・中国重視政策の真意
4 次期韓国大統領選挙の展望
5 反米、親中国・北朝鮮政権が誕生した場合の米国・日本の対応
6 結言

の順に纏めてみた。本noteでは1~3を【前段】で、4~6を【後段】に区分して掲載する。
 

1 米韓関係悪化の現状(トピックとして紹介)

昨年(2005年)11月9日、ハーバード大学ケネディ行政大学院で、同大学院の北朝鮮問題の権威であるアシュトン・カーター教授を含む3名のパネリストによる北朝鮮の核問題についてのシンポジウムが開催された。100名程の参加者の大部分は韓国人留学生であり、日本人は私を含め数名だけだった。

以下は、このシンポジウム終了後取り交わされた私とニーマンフェロー(ハーバード大学にあるジャーナリスト向けプログラム。このプログラムは全米から12人、その他各国から12人のジャーナリスト(新聞記者)を大学に招待)としてハーバード大学で研究されている小島記者(仮名)とのメールの遣り取りである。

小島氏
今日の北朝鮮シンポはいかがでしたか。アシュトン・カーターが繰り返し述べていた米国人の核ドミノ論(北朝鮮の核武装が日本・台湾の核武装に繋がるという論)は、今に始まったことではありませんが、ちょっと気になりました。少なくとも日本政府の公式な立場くらいはあの場で言っておきたいと思って手を上げたのですが、質問の順番が回ってきませんでした。

筆者
今日最も驚いたのは、質問の冒頭を切って行われたケネディスクールの韓国人留学生の質問です。周囲の韓国人留学生達もこれを支持している様子で、相槌を打っていました。

彼は、ノ・ムヒョン大統領の対北朝鮮政策そのものに沿って、現在の韓国政府が直接ブッシュ政権に言えない本音を代弁していたのではないかと思いました。

曰く、「朝鮮半島に緊張をもたらす諸悪の根源はアメリカだ!アメリカが核を持った北朝鮮の存在を認めさえればそれで全て円満解決じゃないか。アメリカは、中国にもインドにもパキスタンにも核武装を認めているくせに、何故北だけを目の仇にするのか?」と、ポケットハンドで、挑発的な態度で、アッシュトン・カーター教授に対して質問していましたね。

もっとも、あの質問は、あらかじめあの教室に集った学生達が談合し、振付けられたもので、現政権(多分韓国統一省やKCIA(国家情報院))あたりからの指示で動いていたのではないかと思いました。

シンポジウム終了後、韓国人学生が必死で、テープを聴きながらパソコンを打って記録を作っていました。きっと、本国政府・KCIAに報告するためだと思います。民主党系のカーター教授でさえも色をなしていましたから、共和党系の教授であれば、怒りを顕わにしたでしょうね。

1994年の朝鮮半島における核危機は、米韓関係が良好だったので、キム・ヨンサム(金 泳三)大統領の嘆願でクリントン大統領は北朝鮮の核施設に対する空爆を中止したと言われますが、今の米韓関係では、もはやそれは通じない。現韓国政権と米国との関係悪化は極めて危険な状況だと思います。因みに、先日ワシントンに行った際に聞いた話ですが、米国防省の将校達は従来韓国を「WE(我々同盟国)」と呼んでいたそうですが、現在は「THEY(彼ら)」と冷ややかに呼んでいるそうです。

また今日のアシュトン・カーター教授の発言振りから、民主党でさえも六者協議には失望していることが見て取れました。早晩会談は破談に至るに違いないと思います。これに対し、北は中・韓との暗黙の連携でアメリカに譲歩するかのような思わせぶりな態度をとりながら、ブッシュ政権がレームダック化するまで時間稼ぎをするものと思います。アメリカが、イラクの民主化・政権の安定化に目途が立ったら、次は北朝鮮。怖いですね。但し、それもブッシュがレームダック化するまで。しかし、次期米大統領選挙で仮に民主党が勝っても、この国(アメリカ)はそんなに「甘い国」ではないから北朝鮮の思惑通りには行かないと思います。中国、韓国、北朝鮮もアメリカの真意を見誤らないようにしたほうが良いと思います。
率直に申し上げ、今日の韓国人留学生の質問には慄然としました。

小島氏
ハーバード大学のある研究所に韓国政府からから来ている官僚がいて、彼と終了後立ち話をしました。彼は、「個人的な見解」と断りつつも、「本音では我々官僚(韓国の某機関、本人のプライバシー保護のため具体名は控えたい)もカーター教授と同じような意見だ。しかし、現在の韓国政府トップの考えだから仕方がない。今の若い世代は我々とは考え方が違う。反政府活動をしていたような連中が政権の中枢にいる状態だ」と苦々しげに話していました。そういえば東京でも、同じようなボヤキを韓国の外交官から聞いたことを思い出しました。

小島氏とのメールの遣り取りに書いたように、韓国人留学生達の態度は「反米・親北朝鮮」の立場を鮮明にしているように感じられた。これら留学生たちは、紛れもないハーバード大学に留学中の韓国社会のエリート達である。

ここハーバード大学が米国リベラル・民主党勢力の「牙城」であることを割り引いても、米韓関係が相当に冷え込んでいる実情を目の当たりにした思いだった。

韓国人留学生の反米姿勢に関連して、米韓間の関係悪化に関する記事を韓国紙から拾ってみると次のようなものがあった。因みに、これらの記事は、ノ・ムヒョン政権と厳しい対立関係にある朝鮮日報紙と東亜日報紙であることに留意して頂きたい。


①     朝鮮日報(05.03.25):「韓米は決別を準備すべき」という米国
韓国国際政治学会が25日に主催した国際学術会議で、ドック・ベンド米ケイトー(CATO)研究所研究員は、「米国にとって、韓国は莫大な費用と犠牲を注ぐほどの死活的な利益の対象ではない」とし、「韓米両国は友好的な決別を準備しなければならない」と述べた。

先日、「韓国は敵が誰なのかハッキリさせるべき」と要求した米下院外交委員長の特別補佐官は 「米議会で米日修交150周年記念決議案は圧倒的多数で可決されたが、韓米同盟50周年の決議案は推進する議員が存在せず廃案となった」と話した。

ブルース・ベクトル米空軍参謀大学教授は「大韓帝国が日本によって併合されたことや韓国戦争が勃発したのは、 すべて韓国が同盟戦略で失敗したため」と分析した。このような米専門家の発言は「米国内で韓国は既に伝統的な意味の同盟国としては認識されていないという現実を物語っている。

②    東亜日報(05.10.26):ヒラリー氏「韓米関係は歴史的忘却の状態」
ヒラリー議員は「韓国の現在のような目覚ましい経済発展には、米国の役割が大きかったが、今や両国関係が、『歴史的な忘却状態』と言えるほど認識不足の状況」だと指摘した。 

続いて「韓米関係がこのように変わったのは、韓国が経済成長を実現し、自由を保持できるよう米国がここ数十年間注いできた努力を、韓国民がきちんと認識できずにいるため」だとした。

③ 東亜日報(05.10.28):「米指導層、反韓を超え嘲弄まで 」
ヘリテージ財団のピーター・ブルックス上級研究員は21日、LAタイムスの寄稿文で韓国を露骨に非難した。第1期ブッシュ政権で国防副次官を務めた彼は、マッカーサー将軍の銅像撤去論争に言及しながら、「恩を忘れる者(ingrate)ほど悪い者はない。今週の『恩知らず大賞』は、韓国が獲得した」と非難した。

ケイトー(CATO)研究所のドック・ベンド上級研究員は、韓国を「社会保障制のサギ師」と言った。彼は17日、知識層向けの中道保守の月刊誌『理性(Reason)』の最新号で、「韓国は、米国に寄りかかる社会保障の女王(welfare queen)」と書いた。所得が豊かでありながら、底所得層の社会保障保険金を不法に受け取り、豪華に暮す人という意味だ。彼は、在韓米軍については、「米国の税金を使い、韓国では人気もない、両国にとって不要な存在」と述べた。

④    朝鮮日報(06.02.07):「中国にとって韓国は熟したリンゴ」 その心は?
 今月6日、ヘリテージ財団主催の「2006年アジア展望」と題するセミナーで、デニス・ハルピン米下院国際関係委員会の専門委員は、「韓国の存在は、中国にとって落ちてくるのを待つだけでいい、よく熟したリンゴとなりつつある(Korea is a ripe apple, swinging to fall on the lap of China)」と警告した。

このような米韓関係の雰囲気の中で、米韓両国は、2008年までに、トランスフォーメーションの一環として、在韓米軍を現在の3万6千人から更に1万2千5百人を削減するという。また、43箇所の基地を16箇所に減らすだけではなく、これらの基地の多くは、これまで非武装地帯に近い漢江以北に「トリップワイヤー(北朝鮮が攻撃を仕掛けると自動的にこれら米軍基地を攻撃することになり、アメリカの参戦を確実にするための『わな線』として機能してきた)」として前方展開して配備して来たものであるが、将来は、努めて非武装地帯から遠い南方に下げることでも合意している。

これらの措置により、①米国は北朝鮮の南侵に直ちに巻き込まれるリスクが減り、対韓国防衛のコミットメントが低下した、②米国は「北爆」しても、直ちに北朝鮮からの報復を受けるリスクが減ったことにより、米国による「北爆」のオプションの「敷居」がより低くなった――という見方がある。

2 ノ・ムヒョン政権誕生までの朝鮮半島情勢概観
1950年6月に始まった朝鮮戦争は、国連決議に基づき米軍が在韓国連軍の主力として介入し、米軍人だけでも4万人余もの犠牲を払って1953年7月に北緯37度線付近の現在の非武装地帯(DMZ)で対峙する状態で休戦となった。そして、冷戦崩壊後の今日も、この「休戦状態」が継続している。朝鮮戦争の経緯もあり、米韓関係、特に米韓安保関係は、極めて緊密な関係を維持して来た。

北朝鮮の脅威は深刻で、冷戦崩壊(1989年)までは、北朝鮮の後ろ盾として、中・ソ二超大国が存在する中で、北朝鮮の金日成は「武力南侵赤化統一戦略」を掲げ、自らの存命間に軍事力により南北統一を果たすことを国是として、軍事力の強化を加速してきた。

当然のことながら、韓国・米国両国は北朝鮮の南侵攻撃の脅威を極めて深刻に受け止め、必然的に米・韓間関係の強化に努めて来たところであった。特に軍事面においては、米韓相互防衛条約に基づいて、米陸軍第二歩兵師団と第七空軍などを中心に十分な兵力を韓国に展開し、米韓連合軍体制を確立し、チームスピリット演習などの連合演習を積み重ね、高い即応性を維持し北朝鮮の南侵抑止に努めてきた。

冷戦崩壊を機に、韓国を取り巻く国内外情勢は激変した。国内的には、1961年の軍事クーデター以来続いてきた事実上の軍事政権は、1993年のキム・ヨンサム政権(1993~1998年)の登場以降文民政権に移行した。文民政権二代目のキム・デジュン大統領(1998~2003年)は対北朝鮮政策として「太陽政策」を掲げ、従来国是として来た「反共」から、「包容・親和」へと大きく方向変換し始めた。また、経済は、1988年のソウルオリンピックを契機に「ハンガンの奇跡」と呼ばれるほどの躍進を遂げ、韓国民は自らのアイデンティティーに自信を深め、南北の経済格差はそれまでとは比較にならない程までに広がった。

国際的には、冷戦間米国に匹敵する超大国として君臨し、中国と共に北朝鮮を後援してきたソ連が崩壊(1992年)し、北朝鮮の実質的な後ろ盾は、中国一国のみが担うこととなった。北朝鮮にとってのさらなる衝撃は、唯一頼みとする中国までもが、1992年8月、韓国と国交を樹立したことだ。

中国では天安門事件(1989年)が生起したものの、武力により制圧し、これを乗り切り、鄧小平の改革開放路線により、今日飛躍的な経済発展を遂げ、軍の近代化を図りつつある。東アジアにおいては、アメリカと「二極」を形成する程の国力を持つに至った。

冷戦後確立された中・韓関係であるが、その特殊性を物語る二つのエピソードを紹介しよう。

①     歴代朝鮮王朝が中国に冊封していた名残か?
筆者は、1992年の中・韓国交樹立当時、韓国で防衛駐在官をしていたが、韓国国防部では盧泰愚大統領の指示で、国交樹立直後から、異常とも思えるくらいの早さで、事後の韓国の安全保障を、①従来通り米国との同盟により実施、②中国との同盟により実施、③米、中、日を含む等距離外交により実施―という三案について、真剣に議論している――という極秘情報を得た。これは長きにわたる中国王朝と朝鮮王朝の「冊封関係(中国の「天子」と朝鮮の「王」が取り結ぶ君臣関係(「宗主国」と「朝貢国」の関係))」という歴史に根差す韓国の中国に対する「思い入れの深さ」によるもの――と理解し、中韓関係の特殊性に驚いた記憶がある。

②     韓国人の「事大主義」
黒田勝弘氏は、韓国人の事大主義について次のように述べた。

米国人が韓国をして「恩知らず」という気持ちはよく分かります。儒教の国といいますが、一本筋が通っているというより、身勝手な国というのが私の印象です。周辺の大国に影響され続けてきた歴史がそうさせるのでしょう。その意味で、かわいそうな国でもあります。冷戦が終わって、台湾の大使館を追い出した時、「恩義」より「実利」を大事にする国だな、と実感しました。日本も台湾とそれより以前に国交を断絶しましたが、当時も今も親台湾派がいて韓国みたいにドライではありませんでした。台湾の人は韓国嫌いが多いように思います。韓国は「事大主義」といいますか、強いものに弱い。台頭著しい中国に傾斜するのもそのためでしょう。


一方、北朝鮮では、1994年金日成が死亡し、金正日が跡を継いだ。北朝鮮は、経済が破綻状態になるなど国内外の環境が悪化する中、独裁体制を強化し、核開発という「瀬戸際外交」により米国に対抗を続け、今日も体制を維持している。父金日成の「武力南侵赤化統一戦略」は堅持していると見られるものの、経済の破綻なかんずく石油の逼迫から、継戦能力が低下し、独自で韓国に侵攻する能力は大幅に低下しているものと見られる。通常戦力に代えて核開発を加速するのはそのためであろう。

米国は、ソ連崩壊後、世界的には唯一の超大国として君臨している。2001年に誕生した、ブッシュ政権は、北朝鮮を「悪の枢軸国」と断じ、一貫して強硬姿勢を強めている。

3 ノ・ムヒョン政権のアメリカ離れと親北朝鮮・中国政策の真意
このような情勢の中で、2003年2月に誕生したノ・ムヒョン政権は、次第に米国との関係を冷却させ、中国との関係を強めつつあるように見える。
ノ・ムヒョン政権はなぜ半世紀以上も維持してきた強固な対米関係を損なってまで、中国との関係改善を図ろうとしているのだろうか。

第一は、北朝鮮の国力が相対的に低下し、南に侵攻する脅威が低下したことにより、従来のようにアメリカに自国の防衛を依存する度合いが減ってきたことが考えられる(アメリカ離れの理由)。

第二は、ソ連崩壊後、北朝鮮は中国への依存度を高めざるを得ず、この結果、中国の北朝鮮への影響力(グリップ)が次第に高まり、中国により北朝鮮の南侵を抑止できる可能性が高まってきたこと(北朝鮮の中国接近の理由)。

因みに、北朝鮮の南侵を阻止する為には、①非武装地帯の南方から米軍と共に北の南侵を防衛する方法、及び、②鴨緑江の北方から中国により北の南侵を抑止してもらう方法、――の二つの方法があると考えられる。

第三は、中国と共に南北から「北朝鮮包囲網」を作る、あるいは、中国と韓国で「北朝鮮をサンドイッチにする」戦略。更に別の表現では、「北朝鮮を『万力』で挟む」戦略とも考えられる。

第四は、北朝鮮の核施設等に対する米国の単独攻撃(空爆等)の可能性が高まり、韓国としては、何としてもこれを阻止する必要があるが、これを阻止できるのは中国であると考えられること。即ち、米国が北朝鮮の核施設に攻撃を加えれば、北朝鮮は直ちに在韓米軍に対する報復という形で、韓国全土を巻き込む戦争に発展する恐れがあり、そうなれば、韓国が今日まで築いてきた国家・社会・経済などが灰燼に帰するだけでなく、夥しい国民の生命が犠牲になる訳で、韓国にとっては絶対に受け容れられないシナリオである。

因みに、米国はクリントン政権下の1994年の所謂「核危機」に際しては、寧辺(ヨンビョン)の核兵器開発用と見られる施設に対して航空攻撃を行おうとしたといわれる。北爆はアメリカにとっては「考えられる選択肢」と思われ、今や韓国にとっては、米国による北爆の方が、北朝鮮の南侵以上に現実的な脅威と捉えているものと思われる。

第五は、南北統一の容易性である。世界の二極を構成する米・中二大超大国の下で南北統一を行うよりは、中国主導の管理の下に南北統一を行うほうが容易である。多国間による合意形成の難しさは、現在行われている北朝鮮の核開発をめぐる六者協議の混迷振りを見れば首肯できよう。

因みに、最近では、ノ・ムヒョン政権が北朝鮮との「連邦制」を目指しているという情報があるという。あと二年の任期ではあるが、これまでの流れと、「ノーベル賞をもらった、キム・デジュン前大統領を上回る南北関係の業績を残したい」というノ・ムヒョン大統領の思い(推測)を勘案すれば、けだし当然かもしれない。

第六は、歴史的・地政学的な必然性である。ただし、これは上記の四つの理由とは性格を異にし、ノ・ムヒョン政権が意図するとしないとに係わらず「地政学的な力学」により実現する現象である。

朝鮮半島は、ユーラシア大陸と太平洋の間にあり、歴史的に「大陸勢力」と「海洋勢力」の力が衝突する場所である。有史以来約900回以上の戦乱が生起したと言われる。「地政学的な力学」の存在は、李朝以前までは、朝鮮半島が中国大陸に出現した強力な王朝の強い影響下にあった経緯を見れば分かる。西欧列強のアジア進出以降、中国大陸の政権が弱体であった間は、半島は「海洋勢力」である日本やアメリカの影響下にあったが、今日「大陸勢力」の中国が台頭するに伴い、次第に中国の影響力が朝鮮半島全体に広がっていくという見方が自然であろう。

朝鮮半島における「地政学的な力学」の存在は、「米・中のパワーの力学」という概念に置き換えて説明することができよう。

大陸国家・中国のパワーと海洋国家・米国のパワーバランスの変化が、朝鮮半島情勢に変化をもたらす。

日本に多数存在する米軍基地の理論的な背景には、マハンのシ―パワーの戦略理論のほかにアメリカの経済学者のケネス・ボールディングの「力(戦力)の逓減(Loss of Strength Gradient)理論」がある。ボールディングは次のように述べている。

世界のいかなる場所にでも投入できる一国の軍事力の量は、その国と軍事力を投入する場所の地理的な距離により左右される。目標地域への地理的な距離が遠くなればなるほど、活用できる戦力は逓減する。複数の前線基地(forward positions)の活用により、「力(戦力)の逓減」は改善できる。

この理論を、朝鮮半島に当てはめて中国のパワーとアメリカのパワーの距離に応じて逓減する様子を描いたのがこの図である。

その様子は、経済学の「需要曲線」と「供給曲線」のイメージに似ている。即ち、縦軸の価格を「戦力=パワー」、横軸の数量を「地理上の位置・距離」に置き換える。需要曲線を中国のパワーが本国から東方の太平洋上に遠のくに従い減衰し、供給曲線はアメリカのパワーが地理的に太平洋上を西に向かうにつれ減衰する状況と考えれば良い。

アメリカのパワーの減衰がなだらかな曲線になるのは太平洋上にハワイ、グアム、日本、韓国、フィリピンなどの米軍基地があるため、目減りが少なくなるためである。それに比べ、基地を持たない中国は直線的に減衰している。中国は、尖閣諸島・沖縄を勢力圏に納めたい動機は、基地が欲しいからである。

例戦前と冷戦後の米中のパワーの変化は図の通りで、中国は強化され(上の方に押し上げられ)、米国は相対的に低下している。台頭する中国と低落する米国のパワーの均衡点(両曲線の交点)は西方に移動することになり、中国の影響力が東方の太平洋上に拡大する様子がイメージできるだろう。

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