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Fame Stardust

セックスでしか、女の愛し方を知らない。
そもそも愛なんてものの定義が解らない。
好きだと言う気持ちから性欲を引いたものが本当の愛だと言うのならば、俺の中には何が残るのか。

"Just a in out" 
近頃、まるで免罪符のように呟いている。
たかが、されど。
今まで身体を重ねてからすべてが始まると思っていたのに、出会って間もない、何もなかった頃から、ルナに対する何かしらの感情が俺の中で少しづつ育っていることに気づいて、鏡に映る己の姿を見ながら、俺は相当狼狽えているのだ。

好きだなんて、到底口にしてはいけないと思った。 
ルナの選択肢の中に、俺の存在なんて入れてはいけない。
若くて可愛い女の子を抱きたい男が、偶然出会った好みのタイプに声をかけただけの話だ、それでいい。
だから、ルナの気持ちのベクトルがこちらに向くであろう前に、俺の方から誘うのだ、今夜会える?と。 
セックスありきなんてことは暗黙の了解だが、その背景に生まれうる一切の感情とやらには目を瞑って。

そこまでして何故会いたいのか?
考え出したらきりがない、いや、考えてしまったその刹那、2人の関係は終わりに向かってしまうことを、お互いが解ってしまっているからだろう。

前戯の途中で、薄く開いた彼女の唇を指でなぞると、彼女の瞳が優しく微笑んだ。
何か言いたげな様子にも見えたが、そのまま唇を塞いだ。
もっとふしだらな女だったら良かったのに。
経験だけは無駄に多い俺のこと、女なんてすぐわかる。入れば絡み付き具合で相性や経験値を予測できたし、言動で心の中までは分からないが、どう見られたいのか、どういう風に気取りたいのか。
抱いてみて、結局見栄を張ったままの女たちを軽蔑することで、俺のプライドは保たれていたのだ。
適当な言葉を並べて、喘がせて、そんなことに何の迷いも罪悪感もなかった。
そうした生活で手に入れたものは、ほぼ独善であろうFame、名声と、埋め合わせの愛情表現だけ。
これを武器に突っ走る気には到底なれなかった。却って天邪鬼に働いて、恋に臆病になってしまったほどだ。
その気のない女には、俺はやたら強気なのに。

 朝、目覚めると隣に彼女は居らず、不自然に整えられた空間だけがそこにあった。
ちゃんとチェックアウトできたのかと、余計な心配だけが頭をよぎる。
出て行く時、ルナは何を考えていたのだろう。
イイ女の作法、なんて雑誌やネットに書かれていそうな恋愛術を、鵜呑みにして実践していそうな、まだ若くて可愛い女の子。
もしかしたら、ほんの少し余韻を残していって、俺の気をひこうなんて作戦かもしれない。
クールな男を気取りながらそんなことを考えて、途端に恥ずかしくなった。
恥ずかしさの出所と正体はわからない。
ただ、俺という人間の存在を認識しているすべての人間の前から消え去り、宇宙空間にでも身を投じたいような虚しさが、俺を襲った。

BAR ヒーザンは、繁華街の細路地にひっそりと佇んでいる、気取りまくってるくせしてアットホームなバーだ。
俺と同じ歳の気さくなマスターのもとに、どこか俗世間と一線を画したような連中が集まる。
ここでの話題は大抵、好きな音楽、映画、趣味、そして恋愛。
仕事や結婚などといった、地に足ついた話をするやつは居なかった。
「本当はみんな疲れてんだよ。現実社会と折り合いつけるのに」
マスターが笑う。
「そっか。俺も疲れてんだな、きっと」
「シン、おまえは自分で撒いてるぞ、面倒事の種を。ねぇ、エイルさん」
マスターは俺の横に座る女性に声をかけた。
彼女もよくこのバーに顔を出している常連客で、俺も二、三度面識がある。
大きな瞳が印象的な、美人のお姉さんだ。
「まぁね。でもみんなそうなんじゃないの?私だっていっぱいあるよ、もっと平坦な道があるだろうに、なんでって思うこと」
「そうだよ。エイルさんならいくらでも男をその気に出来るだろ」
「シンと一緒にするなよ。エイルさんにとって、恋愛はもっと崇高なものなの。おまえのようなハンターとは違うの」
マスターが茶化す。
「そんな、崇高ってほどのものでもないけどね。でも、私がその気にならなきゃ意味ないかもね」

ルナと初めて会ったのもここのバーだったが、あの日以来、彼女が1人で来ることはないようだった。俺がたまに連れて来るくらい。
歳上ばかりで緊張するよと言っていた彼女だったが、俺がマスターや他の男性客と話している間など、エイルさんとは色々な情報交換をしているように見えた。

「エイルさん、ルナとどんな話してんの?」
「そうだな~、割と密度の濃い女子トークだよ、恋バナとか」
気になる?とエイルさんは悪戯な表情で笑った。
「男が入れない世界だわ、それ。女の本音ってなんか怖いもん」
「そう?怖い仮面を剥いでったら、意外に可愛いものだよ。百戦錬磨のシンくんなのに、まさかそこまで辿り着いてない?」
「俺ね、女のことわかったつもりでいたの。でも最近、見せられてたのは強がりという幻なんじゃないかって思い始めて、ちょっと戸惑ってんの」
「保険だよね、傷つかないための。それと、星屑みたいに儚い男のプライドに付き合ってあげてるのよ。人ってどこか、自分の名声の高さを味わいたい生き物でしょ?」 
「今まで手に入れた名声なんて、全部まやかしだったよ」
「モテ男の悲哀だな。ね、ルナちゃんのこと結構本気で好きだったりするの?」
「好きとか本気とか、簡単に言っちゃダメなんだよ。年齢を重ねるとさ、特に」
「あぁ、それはあるね。重いよね」
そう、重い。経験なんてものがいともたやすく、言葉の裏に鮮やかな風景を映し出してしまうのが原因なのだろうが、心と身体はいつだって足並みを揃えてくれない。
心が先走れば人は恥ずかしくなり、身体が先走れば後ろめたくなる。
だからそのズレを必死で取り繕うのだ、強がりという幻で。
「俺たちは強がってばっかりってことだな」
「私も仲間なの?まぁいいや。でも身体が先走ってると、奔放に生きてるって思われがちだよね」
「そう。欲望の塊みたいにな」
欲望の中に心を見つけようとして切なさにくれる俺の姿なんて、そこら辺の連中には想像も出来るまい。
悲しきかな、豊富な経験は男のステイタス、星屑のようなFameだ。

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