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「黒の過程」 マルグリット・ユルスナール

岩崎力 訳  ユルスナール・コレクション  白水社


「黒の過程」って、ゼノンの物語で、作者ユルスナールは何十年にも渡ってゼノンの跡を追いかけてきたはずなのに、ゼノンがあんまり出てこない。作者は伝記というより群像劇を目論んでいるわけね。同じ作者の「ハドリアヌス」とは違うわけか。時代が違うと作者の作品に取り込む意識も違うわけか。
(2007 09/28)

ユルスナールの「黒の過程」も第2部。ここからはゼノンのブリュージュでの隠遁生活を通じ、ユルスナールは人間観察の前人未到の地に足を踏み入れつつある。この点、「ハドリアヌス」より百倍難解…でも、歴史というか時間の層がバラバラにもなり交差可能で、未来を垣間見ることができる、というのはどっちにもあったなあ。
時間と永遠は黒い水に流れ込む黒い水かあ…
(2007 10/02)

最後の一章は捕らえられたゼノンが、処刑の前の夜に自殺する、という章なのだが、いくらゼノン自身が医者でもあるとはいえ、こんなに冷静に自分の死を観察することができるのだろうか? 疑問でもあるし、不可能事でもしあるならば、それこそが文章表現で創出する企てなのか、とも思った。
この小説は、後書きの堀江氏が指摘しているように、準備ができていないと(自分の場合は理解力不足も加わって)動きのない壁画の横並びという読後感になりかねないけど、壁画の一つ一つが並大抵の絵ではないので、まずはそれらをじっくり味わうことから。ひょっとして、何十年後にもう一度この本を手に取り読むことがこの自分にあるのなら、その時は壁画同士がダイナミックに動き出すかもしれない。
(2007 10/09)

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