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「『クオーレ』の時代 近代イタリアの子供と国家」 藤澤房俊

ちくまライブラリー  筑摩書房

徴兵と言語

イタリアの「蝶番」的なサヴォイア、トリノ。軍事政策と工業でイタリア統一の原動力となるが、後に首都を移すことに決まると暴動まで至る。トリノの万国博の「統一の歴史館」の話まで。
(2016 05/17) 

「「クオーレ」とその時代」昨日読んだところ。この本は耐えずイタリアと日本を対比しながら近代化、国民形成を論じていく。内容が内容だけに息苦しくなるのね(笑)。
徴兵制では反乱→徴兵拒否逃亡、集団暴徒化→徴兵が国民の義務として奨励、定着化という流れ。徴兵されて不合格になれば一人前として認められないということもあった。
それに比べて統一国語化はなかなか進まない。ドイツと比べても、統一されてなかったとはいえドイツ関税同盟などあったドイツと違い、トスカーナ語(ダンテらの言葉)はマンゾーニなどの考えるようには進まない。統一の原動力のサヴォイアでは、サヴォア地方やニースをフランスに割譲した結果、フランス語話者の割合が激減し、残されたフランス語地域(北西部)はイタリア語が導入されていく。 でも、いろんなところで言語島のような地域差が残り、それが今イタリアの魅力の一つになっている、という記述にほっとしたり…

回転箱


先程、「「クオーレ」の時代」を読み終えた。 言語のところで書いたマンゾーニとアスコリの論争は余裕あればチェックしてみたいところ。アスコリは言語の統一化の為には中間層の成立が不可欠という。 前に読んだところの魔女に関わる啓蒙や公衆衛生、回転箱の廃止(後述)や児童労働・売買の禁止など、息苦しくなると言いつつ近代化の評価もしなくては。

その回転箱、要するに慈善施設についた捨て子回収BOXみたいなものなんだけど、廃止になる以前は家族の口減らしの為に案外気軽に?使われていたみたい。捨てられた子供は施設内の他、他の家に預けるなどのこともあった。捨て子の姓はだいたい同じようなものにすることが多いらしい(例えばミラノの場合は施設のシンボルである鳩(コロンボ))。現在、電話帳などで調べるとそういう姓の人がずらっといるという。
児童労働の箇所では、シチリア島アグリジェントの硫黄鉱山の運搬。モーパッサンが現地訪れて記事にしているほか、地元のピランデッロも「月を見つけたチャウラ」で作品にしている。

さてさて、解説で著者が言っているように、イタリア史が「古代ローマ」「ルネサンス」「ファシズム」で片付けられないように、もっとこの時代も知る必要があるだろう。日本もイタリアも「統一」前後の断絶と連続を比較していく必要性がある。その点から言えば、この本は日本については前後が描かれているが、イタリアについては「後」がほとんどで「前」に触れられていない気もする。そこら辺りは自分の次の課題としよう。
(2016 05/23) 

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