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抱き合わない話

高度成長期に「教育ママ」という言葉があった。たぶん、いまは死語。

とにかく自分の子どもの教育や習い事に熱心というか過剰に介入してマネジメントしようとする現象。

いまならなんだろう。毒親とかにも含まれるのだろうか。

時代は変わってもなくなったわけじゃない。いろんな場面で出現して周囲を困惑させているみたいだ。

いや、むしろ場面というか局所的には以前よりストレートに親の介入がある。

就活なんかでも「親がうざい」話はよく聞く。本人の選択を頭ごなしに否定したり、昔の価値観を押し付けたり、細かく口出ししてくる。お前は世の中を知らないからとかなんとか。

そういうのは一般的な就活(あえてそう言うしかないけど)や学びの場だけの話かと思ったらそうでもないらしい。

本来、どっちかといえば世間の枠を超えたところにある芸能界、舞台なんかの学びの世界でも親の介入が強くなってる。

お世話になってる演出家の女性から、こんな話を聞いたこともある。

いろんなしがらみ的なもので(この世界ではよくある)、芸能系の学校で講師に立ったときのこと。

直截的な演技指導というのではなく、あくまで台詞や情景、登場人物のこころの動きを「自分の身体を通す」ことで体感し「役を生きる」ために、男女が路上で抱き合うシーンを生徒にやってもらった。

すると後日、生徒の親からクレームが学校に入ったのだ。

「そんなこと、させないでください」

いや、ちょっと待て。これが一般の教育の場ならたしかに大クレームだし、そもそも必然性がない。

だけど、ここは曲がりなりにも声優や俳優を育てるための場。まあ、もちろん現実にはその道に進んで、さらに「仕事」にできるのはほんの限られた数の人だけだけど。

それでも、そこにはプロの演出家である講師の意図も意味もあって、抱き合うシーンを生徒たちに演じてもらったわけだ。

あれなんだろうか。本番の舞台でもお互いに離れて抱き合うテイでやらないといけないんだろうか。

「そこの抱き合ってるふたり、ちょっと離れて! くっつきすぎ!」みたいな声が飛び交うのだ。間抜けなコントだな。

しかし親はまあまあ強硬に抗議し、結局、学校側は「今後そういった演技指導は行わない」ということで落ち着かせたのだという。

実も蓋もなくいえば、芸能系といっても生徒の親は決して安くない学費を払ってくれる「お客さん」なので、機嫌を損ねず変な口コミを流されないようにするのが現実的なゴールなんだろう。まあ、わかる。

それにしても。

“芸”の世界すら、学校のスペックでここに通わせれば、なんとなくその道に行けるんだろうみたいな浅い話になってるのだろうか。

こころがどうしようもなく潰れそうな想いも、大事なことを伝えないといけないのに時間が砂のようにこぼれていくのを押し黙って抱き合う瞬間も感じることなく。

大丈夫、安心してほしい。そんなシーンを演じることはないし、そもそもデビューも難しいと思う。