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なんか変だなと思うこと

接客がびよーんと来る。これだと、なんのことかわからない。僕もわからない。

だけど、僕もどうしていいかわからなくなったからここに書いて供養しておきたい。

その日は珍しくリアルのショッピングモールで必要な服を買っていた。

まあ、最近そうかもしれないけど、服でもなんでも圧倒的にネットで買うことが多い。村暮らしだから電車に乗って(いちばん近い駅に歩いて行こうとしたら山を越えてかないと行けない)ルミネだとかマルイに行けるわけもないし、そもそもあまりそういうとこに用がない。

どっちかといえばアウトドアブランドのほうが、ここでの暮らしには実用的だし親近感ある。どうでもいい話だ。

で、3億年ぶりぐらいに、とあるカジュアル系ファッションのお店で服を選んでた。

まあまあこれでいいかなっていうアイテムを、棚の下のほうにあるやつをしゃがんでいくつか物色してたら、突然、何かがびよーんと僕の隣に飛び込んできたのだ。

一瞬、「猿かな?」と思った。

ショッピングモールに猿が飛び込んでくるわけないのだけど(でも、こっちではまったくゼロとも言い切れない)、そういう感じだった。伝われ。

僕の持っているバナナを狙って猿が飛び込んできたのだ。

「えっ?」と思って横を振り返ったら、黒い服を着たボーイズ店員。

「これとこれでいいですね!」

僕から服を奪い取ろうとしている。いや、ちょっと待って。まだ選んでて決めたわけじゃないんだけど。

僕が呆気にとられながらごにょごにょ説明すると、さらに服を奪おうとしながら「お預かりします」と満面のつくり笑顔。

いや、だからまだ決めてないんだけど。

わかるよ。そういうふうに接客しろって言われてるのは。お客を逃したくないのも知ってる。でもさ、お客のことすっ飛ばして店の都合に寄せすぎじゃない?

もしかして万引きとか警戒されたんだろうか。どう見ても、ワンショルダーかけてるだけで大きなバッグ持ってるわけでもないし、スモールライトも持ってない。さすがにそれで疑われるとも思えない。

最終的には、ちゃんと選んだやつをお買い上げしたのだけど、なんか違和感が残った。

そのまた別の日にはサクッとランチを食べようと、別のモールを歩いてたら、突然目の前に何かの法被みたいなのを着たメンズが立ち塞がった。

「はい、選んでください!」

法被メンズは、いきなり僕の目の前に抽選箱を突き出して進路を塞ぐ。とくに意味のない景品を大げさに当てさせて客を引き込み、格安携帯かなにかのセールスに座らさせるんだろうけど。

これもまた猿系だ(猿を揶揄してるわけじゃないです。あくまでモーションがそれっぽい)。

なんでいきなり「はい、選んでください」なのか。もちろん、ふつうに○○のキャンペーンで抽選会やってまーすとか言っても、ほとんど誰も立ち止まらないからなんだけど。

それにしても、と思う。なんか変じゃない? 

そんなのは個人的な感覚であって、大多数の人はとくに何も感じたり思わないかもしれないし、そのことに否定的なわけじゃない。

いや、いまってそいうのふつうだよね、で終わる話なのかもしれない。いきなり芸人さんみたいに「どうもー」と飛び出てくる客へのコンタクトとか。有無を言わせない接客とか。

たぶん、相手に考えさせないのが根底にあるんだろうな。

もっと言えばお客のほうも、あまり考えたくない。見た目でわかりやすく「いいもの」を買えるほうが、あるいは食べれるほうがいい。その利害が一致してるから、客に考えさせる隙を与えないファストな接客でいいのかもしれない。

そんなことをつらつら考えてたら、こんなニュースもあった。

渋谷二丁目を少し下ったところにある人気の『コーヒーハウスニシヤ』さんが突然の閉店を決断したという話。

禍で客足が落ちたとかではない。むしろ真逆で、いつ行っても行列の大繁盛店。独自のスタイルが詰まったプリンなんかの人気メニューでインスタでも有名。

そうなってしまったから「閉店」を決めたのだという。

本来『コーヒーハウスニシヤ』さんが目指していたのは、突然、メディアで飛び込んでわーきゃー消費される店ではなかった。いつでも地域の人がごくふつうの日常の暮らしの中の句読点のように過ごせる店。

海外のバールやカフェのように、そこにはちゃんと「日常」の豊かさが流れてるのが思い描いていた姿だった。それが叶わない。

日常の豊かさにまだまだたどり着かない日本のなんでも「消費」の文化。なにがどうってうまく言えないけど、僕が感じた「なんか変だな」と、どこかで地下水脈のように通じてる気もしないでもなくて。

じゃあ、どうすればいいんだろう。僕だってわからない。だからこうやってとりとめもなく書いてみてる。