強調すべき音とそうでない音を区別し、演奏に反映させる方法

前書き
演奏者の役割は楽譜を解釈して実際の音として聴き手に伝えることです。
なかでも重要なことのひとつは楽譜に書いてある音符を現実に鳴り響く音にする際、演奏者の判断において強調すべき音とそうでない音を区別することです。楽譜に書いてある音符が全て強調されるような在り方、もしくは全部の音が何の主体的な表現も施されずにただ羅列されてゆくような在り方、これらはどちらも間違っています。

何故このようなことが起きてしまうのでしょうか?

まずは「強調すべき音」と「強調すべきでない音」の区別という問題に入る前に、正しいタイミングで発音するとはどういうことなのかまず考えてみることにしましょう。
正しいタイミングと言う場合にメトロノーム的な正しさなのか、それとも音楽的な正しさなのか、ということの違いを最初に認識しておきましょう。

実際の曲を演奏する場合においてはメトロノームで出したような正しさは必ずしも正しくありません。なぜならば芸術的な音楽においては多様性が尊重されるため、正しいテンポ、あるいは正しい発音タイミングと言う場合それらはあくまでも音楽的な理由に基づく正しさが要求されるからです。わかりやすい例としてはウィンナワルツの2拍めのタイミングをイメージしてもらうと良いでしょう。それはメトロノーム的には正しいタイミングではありませんが音楽的には好ましいものです。

さて、具体的にどのような考え方で音楽的な発音タイミングというものを捉えてゆけば良いのでしょうか。
ここではそのためのヒントとして「強調すべき音」「強調すべきでない音」というものを考えてみることにしましょう。通常、音楽を演奏する際には支配的なテンポが必ずそこに存在します。高度に芸術的な楽曲の場合、微細なテンポのゆれは演奏に欠かせないものですが、それでもその曲の中心となるテンポが必ず存在します。

結論を先に書いてしまうと、強調するべき音を強調するための方法は音が本来、出るであろうと期待されるタイミングよりも発音タイミングをずらすことです。何故、このようなことが行われるのでしょうか?

それは聴き手の心理状態と密接に結びついています。聴き手はその時、聴いている楽曲のテンポを理解しながら聴いているため、次ぎの瞬間に出てくるであろう音のタイミングをあらかじめ予測します。
聴き手の予測と実際の発音タイミングが合っていればそこには緊張が起きることはありません。結果としてそのような状況での音は強調されません。期待どおりのものが期待どおりに出てくるということは音楽的な表現としては力の弱いものです。

しかし聴き手が予測しているタイミングとずれてタイミングで発音される音があったとしたらどうでしょう。予測のタイミングよりも早い時点で発音されれば不意打ちのような効果になりますし、遅い時点での発音はその音が出る一瞬前に緊張が高まる効果が生まれます。

さて残念ながら今、私たちを取り巻く音楽的な環境はいまだに19世紀的なものだと言わざるを得ません。ためしに一般の音楽愛好家、あるいはアマチュア演奏者、あるいはモダン楽器の演奏者の皆さんにこんな質問してみてはどうでしょうか。
「何かの音を強調するために必要な方法は何ですか?」
多くの場合「音を大きくすること」という答えが返ってきます。このような考え方にとらわれている限り、強弱の幅の少ない楽器では表現手段が非常に限定されてしまいますし、バロックやルネサンス期だけではなく古典派の音楽でさえも歴史的な様式で演奏することは不可能です。この考え方には時間という要素をうまく演奏に活かすという発想が欠落しています。

私たちがイメージしたいモデルとしてこのようなものはどうでしょうか。
たとえば単一の音色しか使えないパイプオルガンやチェンバロ。
ルネサンスや初期バロックの頃まではじゅうぶんにこのような状況でも音楽を表現することが出来ました。それは何を意味しているのかということを考えてみましょう。
そこでは今、私たちが考えているような「強弱の変化」で音楽を表現するのではなくもっと他の方法でそれがなされていました。

そこで重要となるのが「アーティキュレーション」という考え方です。これはそれぞれの音をどのように発音するのか、あるいはまた複数の音をどのように連結するのか、といった事柄を取り扱うものです。管楽器の場合、タンギングは奏者の意図するアーティキュレーションを実現するために不可欠の事柄となるでしょう。

さて「正しい発音タイミング」に話を戻してみましょう。
「正しい発音タイミング」ということこそ音楽表現の最大の要点です。何故ならば音楽は時間的な芸術だからです。その点において様々な音楽的な要素のなかからテンポ、リズム、あるいはまたアーティキュレーションといった事柄は特に重要なものです。(「正しい発音タイミング」という考え方には「正しいタイミングでその音を終わらせる」というものも含まれています。つまり「発音」という場合には音が出る瞬間だけが大事なのではなく、その音がどの時点で終わるのか、ということも同じく重要であるということです。このことは歴史的なチェンバロ奏法やオルガン奏法に如実に現れています。正しいタイミングで音を始めるだけではなく正しいタイミングで音を終わらせることも等しく重要であるということです)

さて、さきほど「強調すべき音」と「強調すべきでない音」ということを書きました。これらの区別が明瞭であればそれは演奏全体がより良いものになるための大きな助けになります。逆から言えば、これらの区別が明瞭に意識されていない時の演奏はまったく面白みがありません。
良い演奏技術を持っているはずの奏者が時としてまったく面白みのない演奏をすることがありますが、このような時には往々にしてそれらの区別が奏者自身のなかで明瞭に意識されていないことが原因です。
このような演奏では奏者の機械的な演奏技術は認識することが出来てもその楽曲が本来備えているはずの魅力は伝わって来ません。

さてだんだん向かうべき方向が見えて来ました。
演奏者にとっての「正しい発音タイミング」を知るためには「強調すべき音」と「強調すべきでない音」との区別を明瞭につけることが必要だということです。

それでは具体的にこれらはどのような手続きを取れば実現できるのでしょうか。。
次ぎの章では「強調すべき音」と「強調すべきでない音」の区別の方法について対位法・和声、旋律の動向、調の変化、リズムにおける観点から解説し、実際の演奏でそれらを活かすための方法について述べます。

目次:

■「強調すべき音」と「強調すべきでない音」を区別する方法 その1
(対位法・和声からの観点)

■「強調すべき音」と「強調すべきでない音」を区別する方法 その2
(旋律の動向における観点)

■「強調すべき音」と「強調すべきでない音」を区別する方法 その3
(調の変化における観点)

■「強調すべき音」と「強調すべきでない音」を区別する方法 その4
(リズムにおける観点)

■「進みやすい箇所」「進みにくい箇所」を演奏するための具体的な方法

■演奏する際のイメージの方法

■まとめ

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