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何十年ぶりの、ひとめぼれ。

先週末、ブリーダーさんに会いに行った。

犬と一緒に暮らす。毎朝犬におはようと言い、毎晩玄関を開けてただいまと挨拶する。早い時間に起きて一緒にてくてく散歩をし、ときにボールのひとつでも投げ、たがいにほめ合う。いまならそんな暮らしも実現できるかもしれぬ。いまの自分であればひとつのいのちを責任もって育て、おたがい一緒にいれて幸せだったね、ぼくらがぼくらでよかったね、と思いあえるかもしれぬ。そんな希望とほんの少しの不安を胸に、ペット可のマンションに越したのが先月のことだった。

いろんな犬をさがした。みんなかわいい。とくに保護犬の情報をみていると、もう、あのこもこのこも引き取りたくなってくる。けれどもマンションの管理規約に犬の大きさ制限があるため、サイズだけであきらめざるをえない犬も、たくさんいる。はじまりが善意のようなものであれ、無責任に引き取ることはできない。自分がどんな犬がほしいのか、自分に犬が飼えるのか、だんだんわからなくなっていった。

そしてなんとなく見たブリーダーさんのページに、その子がいた。


草食系中年になりつつある自分が、もう何十年も忘れていた「ひとめぼれ」の感覚に襲われた。

あああ、このブリーダーさんが、信頼できる「いいひと」だったらいいなあ。ちゃんと犬が好きで、ちゃんとした環境で育てている、わんわんファーストのひとであったらいいなあ。

茨城県まで、車を走らせた。

のんびりした田舎町。たくさんの自然にかこまれた犬舎。出迎えてくれたのはぼくと同年代くらいじゃないか、という風貌のご主人。さしたるおもてなしのことばもないまま、「これくらいしかないっすけど」とペットボトルのお茶を差し出し、「東京からたいへんですねー」なんてな感じで煙草に火を点け、なんでもない世間話をはじめる。商売の匂いがうすいのはいいけど、なんというか、あまりにもゆるい。決して愛想のいいひと、というわけではない。

そして親犬やきょうだいも見せてもらいながら、一緒にブリーダーをやられている奥さまの案内でその子と触れあっていると、ご主人が母犬をのぞき込んで笑った。


「はは。こいつ、かわいいな」


あ、いいひとだ。このひと、いいひとだ。よちよちで、ふわふわした、これからよそにもらわれていくだろう仔犬ではなく、ずっと一緒にいる母犬にその目を向けるこのひとは、きっといいひとだ。

その子を、抱かせてもらった。

おぼつかない手で抱きながら、「もうすぐきみはうちの子になるかもしれないんだよ」とこころのなかでつぶやくと、わんと吠えるかわりにぐうぐう居眠りをはじめた。

8週齢を待って、こんどの週末引き取りに行く。

ああ!