見出し画像

ぼくのデスクとデスクトップ。

たまにはそう、ぼくの執筆環境について書いてみよう。

原稿を書くとき、どのテキストエディタ(ワープロソフト)を使うのかは、人それぞれ好みが分かれるところだと思う。それはもう Windows なのか Mac なのかというところからはじまり、たとえば村上春樹さんは EGWORD がないと小説が書けない、とまでおっしゃっている。ぼくもこれまでいろんなソフトを試してみた。Microsoft Word にはじまり、EGWORD、LightWayTextiText Pro ときて、去年からは書籍用の原稿は Scrivener という海外版のソフトを日本語化して使っている。雑誌やWebの短い原稿(1万字未満)は、いまも iText Proのままだ。

ぼくにとって Scrivener(スクリブナー、と読む)のいいところは大きくふたつあって、ひとつは章や項目の管理や入れ替えが直感的におこなえる点。そしてもうひとつが、二画面にして別パートを表示させながら執筆ができる点。あまりに多機能すぎてまだそのスペックの3割くらいしか使いこなせていないのだけど、上のちいさなスクリーンショットでいうと、画面左側にフォルダで分割された「目次」の管理画面(1)があり、その横に本文画面(2)があり、右端には別パートの原稿を表示・編集できる画面(3)がある、という感じだ。おかげで「3章のあそこで、どんなふうに書いたんだっけ?」みたいなときでも、目次をクリックするだけで左右いずれかの画面にそのパートを表示させることができるし、章や項目を目次画面のドラッグ&ドロップ操作で入れ換えることもできる。長い原稿を書いているときにありがちな「自分がいまどこにいて、(内容的に)どこまで書いていいのかわからない」みたいな原稿迷子が、ほぼなくなる。もともと海外の作家や学者向けに、小説・論文の執筆ソフトとして開発されただけあって——使い方をマスターするのは少し慣れが必要だけど——かなり使い勝手がいい。長い原稿を書いたことのある人がつくったソフトなのだろうな、という感じがする。


もうひとつ、ぼくは取材音源の文字起こしにあたって、しばしばそれを手書きでやるようにしている。音源を聴きながら、熱心にノートをとる大学生のように話のポイントを書き出していくのだ。

ここは完全にぼくの個性というか癖(へき)だと思うけれど、業者さんが起こしてくださった取材音源の文字起こしを読んでも、あたまに入ってくる情報量は意外と少ない。自分の耳で肉声を聴き返して、そこでの空気や感情、表情なんかを思い出しながら大事なポイントを整理整頓する。思いついた比喩や関連情報を書き込みながら、自分のことばに変換していく。2時間の取材だったらだいたい6時間くらいかかってしまう作業だけど、これをやっておくともう、文字起こしを読み返す必要さえほとんどなくなり、書くべき内容が自分のことばとしてあたまにストックされる。

ここからさらに、自分なりのメソッドというか、原稿の組み立て方のようなものが複雑化してくるのだけど、それはもう「わたしはこうやっています」の話でしかなく、「みなさんもこうやると書けますよ」の話ではぜったいにない。というか、ほんとうは上記の取材ノート作成だって、自分なりのメソッドがあるはずなんだけれど、まだぼくはそれを言語化できていない。


まあ、なんだか機械的にずらずら書いてしまいましたが、このへんを「機械的じゃない文章」で書けるようになったとき、それがすなわち「言語化できた状態」なんでしょうね。

出る釘は浮かれる。
87

古賀史健

ライター。バトンズ代表。著書・共著「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
3つ のマガジンに含まれています