月日は百代の過客にして。

そのとき自分は、なにを眺めて時の流れを感じているのか。

最近でいうとぼくは、愛犬ぺだるを見るたびに「早いなあ」「おおきくなったなあ」「もううちにきてから1か月過ぎたんだよね」と、時の流れを実感している。

去年の春先あたりは「早いなあ」「もう会社をつくってから3か月が経ったんだよね」「これからどうなっていくんだろうなあ」と、会社というものに思いを馳せては時の流れを感じ入っていた。

小学生のときであれば、その対象は週刊少年ジャンプであっただろうし、中学時代にはたけしさんやとんねるずのオールナイトニッポンだったし、高校のときは部活のサッカーだった。

あの子と付き合いはじめて3か月なのかあ、とにやにやする時期もあったし、ライターになって1年が経つんだよね、と感じ入っていたときもあったように思う。

そういう、いくつもの「まったく時の流れってのは早いものだね」は、やがて日常になり、また別の対象を探しあてては「まったく時の流れってのは」に感じ入る。たぶん、犬との暮らしについても、あんまり「早いものだね」を感じなくなる日がくるのだろう。いまはぐんぐんからだが大きくなってるけど、そういうわかりやすい成長もほどなく止まってくるだろうしね。


ものめずらしかったことどもが「なんでもない日常」になっていくこと。それは精神が鈍磨していくというより、「暮らし」が豊かになっていくことなんだろうな。

ぼくは来年のいまごろ、なにを眺めながら「時の流れ」の早さを感じているんだろう。



桃栗三年、カキうまいねん。
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古賀史健

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