見出し画像

問いかけるメモ帳。

ああ、おれはこれからなにを書くんだろう。

百貨店の文房具売り場に足を運び、筆記用具のコーナーに歩を進める。廉価なボールペンから高級万年筆にいたるまで、さまざまなデザインの筆記用具がそこには並んでいる。もちろんペン選びの基準は、価格や意匠だけではない。書き心地こそが、もっとも重要な判断材料だ。

そういうユーザーのこころを先読みしたかのように、筆記用具コーナーには試し書き用のメモ帳が備え付けてある。百貨店や文具店のみならず、最近ではコンビニにだって置いてある。じゃあひとつ、このペンの書き味を試してみようかな。そう思ってペン先をメモ帳に近づけた瞬間、ぼくは固まる。


ああ、おれはこれからなにを書くんだろう、と。


いちばん書き慣れ、書き味の確認に適した文字と言えば、自分のフルネームだろう。しかし、こういう公の場所におのれの姓名を書き込むのは、壁面に「○○参上!」と書き殴る昭和の暴走族みたいな気恥ずかしさがあるというか、できれば避けたい行為だ。かといって「あ」とかの平仮名を書いたり、フォント見本などでよく見かける「永」の字を書くのも、いかにもつまらない。そしてもっともつまらないのが、文字でもなんでもない「くるくる線」を書くことで、それだけはぜったいにしたくない。

さあ、おれよ、おまえよ。

いったいその悪筆で、おまえはこのメモ帳になにを書こうとしているのか。「凡庸さ」と「悪目立ち」のどちらも避けたいおまえは、どこにその筆を着地させようとしているのか。


じつをいうとぼくはまだ、この答えを発見していない。ペンのブランド名を書いたり、その日に食べたものの名前を書いてみたりしてごまかしているものの、たぶんどこかに自分なりの「これだ!」があるのだと思っている。


なんの話をしているのか。「きょうはなにを書こうかなあ」とむかしのメモを眺めていたら、そのままズバリ「筆記用具売り場で試し書き用紙になんと書くか」というメモを見つけたのだ。まるで人としてのありかたを決める、一大事であるかのようにむかしのぼくはそう書いていたのだ。


あっ、試し書き用のメモ帳にそう書けばいいのかな。

「きみならここに、なんと書くか」って。