わたしにだるまを寄こしなさい。

この感覚、どう表現すればいいんだろう。

うねうね考えた結果、浮かんだ映像は「だるま」だった。あの、選挙事務所とかに置いてある、紅い法衣をまとったひげおやじの人形である。幼少の頃からぼくはだるまが好きで、いかにもうれしそうな表情でだるまに目を入れるおじさんたちをニュース番組などで眺めながら、「自分はいつになったらだるまに目を入れられるんだろう。なにを成し遂げたら『だるまだっ!』と思えるのだろう」と何度となく考えてきた。

サッカーの県大会で優勝したときも、本がたくさん売れたときも、あるいはかわいい犬を迎え入れることになったときも、なかなか「よし、だるまを用意して目を入れよう」との発想にはつながらなかった。というか、忘れきっていた、だるまのことなんて。

それでもきょう、だるまを思い出したのはほかでもない。


ずっとかかりきりだった原稿が、ようやく脱稿したのだ。まだ読み返していないし、明日からは推敲が待っているのだけれど、気分としてはもう「あとは目を入れるだけ」。得意満面の表情で、ぐるり黒々とした目を入れてやれば、それで完成稿である。ほしいなあ、だるま。なんなら脱稿するたびに目を入れていこうかしら。


ああー、ほんとに長かった。ひさしぶりに自分の天井に触れた気がする。


さっそく帰って犬をなでよう。そして明日は朝から歯医者に行こう。

教祖猫を噛む。
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古賀史健

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
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