いとしのエリック

「尊敬する人は?」と聞かれて「エリック・クラプトン」と即答するぼくは、ギターが弾けません。ギタリストになりたいと思ったことも、ミュージシャンになりたいと思ったこともありません。それではなぜ、クラプトンなのか?

60年代や70年代の音楽ばかりを聴いていた学生時代のある日、ぼくはふと「ギタリスト声って、あるよなあ」と思いつきました。声が細くて、音域が狭くって、枯れてるんだけど高音で、ちょっと油断すると裏返りそうになる。代表的なところでいうと、ジョージ・ハリスン、キース・リチャーズ、それからもちろんエリック・クラプトンです。日本だとCharさんなんかも同じ種類の声ですよね。

もちろん彼らの本職はギターですから、そっちの腕前で喜ばせてくれればそれでいいんです。でも、やっぱり「いとしのレイラ」なんかを聴いていても、心のどこかで「これで歌がうまけりゃなあ」と思っていました。

ところが、です。

このエリック・クラプトンという御方、90年代くらいから、めきめき歌がうまくなるんですよ。50代に突入したくらいから。

そして90年代から、ブルース・カヴァー集の「フロム・ザ・クレイドル」、B・B・キングとの共作「ライディング・ウィズ・ザ・キング」、さらにはロバート・ジョンソンのトリュビュートとなる「ミー・アンド・ミスター・ジョンソン」と、趣味全開のブルース回帰に舵を切る。

当初はこれ、カントリーやらレゲエやらを経て、ようやく自身の原点に回帰したさまよえるブルースマンの軌跡、みたいな文脈で理解してたんですが、よく考えたらぜんぜん違う。

そんなんじゃなくって、「歌がうまくなって、表現の幅が拡がったことで、ようやく本気のガチンコ・ブルースを歌えるようになった」というだけの話なんですよ。もう、世界中にいる「ギターを猛練習したおかげで、クラプトンのあの曲も弾けるようになったぜ!」というギター少年たちと同じレベルの。

そうやって考えると、彼の歌唱力も突然にして激変したわけではなく、地道なトレーニングの結果、ようやく40代半ばにしてあそこにまでたどり着いたんだなあ、と理解することができます。

そして「それってすげえな」と感嘆し、「きっとギターもそうやって上達したんだな」と思い至り、あらためて「ほんとすげえや」と驚嘆し、おれだってこれからの人生でまだまだ成長できるんだな、と気合いを入れなおす。

ぼくにとってのクラプトンは、そういう人になりつつあります。歌いたかったんだろうなあ、本物のブルース。

「やつはクロスロードで悪魔に魂を売り渡したんだ」なんて寓話に身を震わせていないで、もっと身を震わせるべき場所があるんですよ、このへんの人たちには。

ぼくもがんばるっす。


教祖猫を噛む。
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古賀史健

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