「傷つきやすい」は、「傷つけやすい」。

ちゃんと別の話に行きつくことを断ったうえで、また犬の話からはじめる。

生後4ヵ月を過ぎたうちの犬は、まあ咬みぐせがひどかった。いま劇的に改善しつつあるのだけど、とにかくひとの手を咬み、足を咬み、服を咬みまくっていた。訓練士の先生は「この子、見た目よりも怖がりなんですよ」と言った。ストレスに弱いから、とりあえず咬もうとする。それで防御しようとする。別に攻撃したいんじゃなくって、ビビリなだけなんです、と。


人間でもまったく同じだなあ、と思う。

「傷つきやすいひと」は、往々にして「傷つけやすいひと」とイコールだったりする。ちいさなことに傷つくひとは、同じくちいさなことで誰かを傷つけていく。怒りの沸点が低く、しょうもない私憤を、たいそうな公憤であるかのようにすげ替えて、誰かを攻撃する。

アドラー心理学では、「ひとは自身の劣等感を刺激されたとき、『怒り』の感情を持ちだし、他者を攻撃する」と考える。

自分自身を振り返ってみても、なにかに怒っているときは、たいてい(無意識下の)しょぼい劣等感を刺激されていることが多い。


「じゃあ、どうしたらいいのさ?」と聞くひとは多いだろう。

たぶん、「傷つきやすいときは、傷つけやすい」をこころに留めておくこと。それしかできないんじゃないかなあ、と思う。

傷つくことは避けられないけど、誰かを傷つけることは、避けられるのかもしれない。ぐっとこらえて我慢するのではなく、「誰かを傷つけるような自分は嫌だなあ、そうはなりたくないなあ」と日ごろから思っておく。

犬だって、誰かを咬む必要のない人生のほうが、きっとたのしいものね。

馬の耳に壇蜜。
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古賀史健

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コメント1件

先日、それで相手に謝ったことがあります。自分も自立するというのは難しいですが、他人の自立の手助けはさらに難しいです。
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