見出し画像

ある日の靴屋さんで会った、えらい人。

先日、打ち合わせの帰りに靴を買いに行った。

紳士靴、というカテゴリーになるのだろうか。いつもよりほんの少しだけ高級な、おとなのビジネスマンが履くような欧州ブランドのお店だ。ばっちりスーツに身を固めた店員さんたちが微笑む店内に、ユニクロの「暖パン」ジーンズを履いたぼくが入っていった。ああ、おれは浮いているのだろうなあ。冷やかしの客だと思われてるのかなあ。さっさと値札を見て逃げ帰りやがれ、と思われてるのかなあ。なんてゲスな劣等感に悶々とする間もなく、スマートな店員さんたちはスマートに接客し、さっそくいくつかの靴を履いてサイズやルックスを確認したりしていた。

と、お店のドアが開いて、知った人が入ってきた。

知った人といってもそれはこちらが一方的に知っているだけで、向こうはぼくのことなど知るはずもない。彼は、大臣経験もある二世議員だった。へーえ、秘書の人とかと一緒じゃないんだ。平日の昼間に、こうやってひとりで買いものしたりするんだ。そしてこの人、こんなブランドの靴も履くんだ。いい笑顔してるなあ。

あれで意外と、いい人なのかもしれない。少しだけ先入観を改めながら、また自分の靴選びに戻った。

そして議員さんは現金で会計を終えると、お釣りを受けとった。別サイズの靴を取りにいってもらっていたぼくは、ぼんやりそれを眺めていた。

すると手元がくるった議員さん、小銭を数枚、床に落としてしまった。


「おおっとっと。あっはっは」


あわてて床の小銭を拾う店員さんを眺めながら、議員さんは鷹揚に笑うばかりで拾おうとする様子もない。腰をかがめる素振りも見せず、「あっはっは」と足元を眺める。


ああ、せっかく少しだけ好きになりかけたんだけどなあ。悲しくなると同時に「こういう人もいるのか」と、いたく感心した。彼は明るく、機嫌もよく、相手を威圧するようなことはしない。むしろフランクだとさえ言ってもいいくらいで、威張っているわけでは、決してない。ただ、どうしようもないほど無自覚なまま、自分を「えらい人」だと思っているのだ。

こういう人もいるんだなあ。そういえばこれに近い人、過去にも見たことある気がするなあ。あの人がふたたび大臣に返り咲く日はくるのだろうか。官僚の人たちも大変だろうなあ、と余計な心配をしながら靴を買い、とんこつラーメンを食べに行った。