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物語のはじまりはどこにあるか。
ぼくはそれほど熱心なツイッターの使い手ではない。
もともとおもしろいことを書くのは苦手なほうだし、反射神経が試されるようなSNS空間では、なおさらおもしろくなれない。自分ごとながら「おれのツイッターをフォローしても、あんまりおもしろくないだろうなあ」と心配になり、申し訳ない気持ちになる。そんなぼくのツイッターで、これまでいちばんリツイートされたのはこの投稿だ。
去年の8月、PL学園時代の清原和博を表紙に持ってきた「Number」と、その編集長後記に関するツイートである。およそ半年前に覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕された清原。そのすべてが黒い闇のなかに葬り去られようとしていた彼の高校時代に、Number編集長は光を当てた。一部引用しよう。
“今回、PL時代にあなたが甲子園で打った13本のホームラン、その対戦相手すべてに話を聞きました。みな、あなたと真剣勝負をした記憶と、あなたと同時代に生きたことを誇りにしておられました。あなたが野球に帰ってくるためにできることはないか考えておられました。
この特集記事は、あなたに励まされつづけた私たちからのプレゼントです。あなたが再び小誌の誌面に登場する日が来ることを私は信じています。”
ひとりの読者として、思わず投稿してしまったこのツイート。それを目にした「Number」の松井編集長が連絡してくださり、食事に誘ってくださった。もちろん面識はなく、これが初対面である。
そして会食の最後、「そのうち一緒になにかできるといいですね」と別れてから半年あまり。
「こんなことがあるんだなあ」と、いまでも信じられない気分でいる。
本日発売となった「Number」でぼくはラグビー日本代表の元ヘッドコーチ、エディー・ジョーンズさんのインタビュー記事と、イチローさんを扱った巻頭記事とを担当させていただいた。
まさか自分が、あの「Number」に記事を書くなんて。そんな接点が生まれるなんて。10年前はもちろん、去年のいまごろだって想像してなかった。雑誌を読む機会がずいぶん減ってしまった自分にとって、いまでも断トツにあこがれの雑誌だもの。
もしもこれを映画や小説のように語るなら、物語はどこから始まるのだろう。あのツイート? あの甲子園特集号? あの編集長後記?
たぶん高校3年の彼が甲子園決勝でホームランを放った、1985年なのだ。