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力作を信じるな。

ちょうど10年ほど前の話である。

いまの自分からすると信じられない話だけど、その年のぼくは合計14冊の本を書いていた。力を入れて書いた本もあったし、力を抜いた本もあったし、力の入れようがない本もあった。

そのうち一冊は、わりと渾身の力作で、発売前から「もしもこれが10万部に届かなかったらライターを辞めよう」と思っていた。「自分はこういう本にこそ、価値があると思っている。それが最高のかたちで実現できたと思っている。そのうえで、もしも市場がこの本を受け入れないのだとしたら、もう自分がここにいる意味はない。そのときは潔く辞めよう」と、そんなことを思っていた。たぶん、ライターの仕事に飽きはじめていたのだろう。

その本はかろうじて10万部を超え、ぼくはライターを辞めずにすんだ。けれど、問題はそこではない。

同じ年に、手を抜いたわけではないにしても、きわめて軽くつくった二冊の本が、それぞれ20万部や30万部と売れたのだ。しかも内容についても、それなりの評価も受けたのだ。


きっとそういう性格なのだろう。ぼくはやたらと「渾身の一冊」をつくりたがる傾向がある。たしかにそれは、力作なのだろう。けれども力作がすべて傑作になるかというと、そうならないのが創作のむずかしく、おもしろいところだ。


力作を信じるな。力作を疑え。

きょうのほぼ日「今日のダーリン」にあった、次のことばを読んで、ぼくはそんなことを思い出したのだった。

" 強く願うということには、大きななにかを失わせるような「狂わせる」ものがあるような気がしてならない。必死とか、何がなんでもとか、ぼくはあんまり…である。"

ほぼ日刊イトイ新聞「今日のダーリン」 2019年4月12日更新分より


いま進めている本も、ただの力作にならないようにしなきゃ。