振る舞いのメディア

テイラー・スウィフトの Instagram が好きです。

彼女の CD は1枚も持っていません。今後買う可能性があるかといわれれば、ファンの方々すみません。たぶんないだろうなあ、と思います。けれども彼女のインスタを眺めるのはたのしいし、ぼくも彼女のファンなんだよと言いたい気持ちをもっています。

Instagram が登場したとき、「ツイッターもフェイスブックも、もう古い。これからは Instagram だ!」と騒がれたとき、とりあえずいろんな海外ミュージシャンのインスタをフォローしてみました。彼女と同じカテゴリーに該当するひとでいうなら、マドンナやビヨンセなどもフォローしました。

ところがマドンナもビヨンセも、びっくりするほどダサいんですよね。不鮮明なステージ写真、カメラを睨みつけるような真顔の自撮り、その他もろもろの誇示と宣伝。ぼくは彼女らのファンでもあるつもりなんですけど、見ていてたのしくなるような投稿はほとんどなく、数ヶ月でフォロー外しました。

その点、テイラー・スウィフトというひとは、ほんとうにうまい。

鮮明で構図もバッチリなステージ写真、見ていてわくわくするようなバックステージのオフショット、スタッフや友だちとおどけている写真、自宅のペットと遊んでいる写真。どれもがハッピーで、表情豊かで、世界中のファンが自分になにを求めているのか、かなり正確に(もしかすると直感的に)理解している。SNS 世代のスターなんだなあ、と感心してしまいます。


それで、ここからはツイッターやフェイスブックを含んだ話なんですけど、SNS がそのひとを丸裸にするのは、発言そのものよりも「立ち居振る舞い」じゃないかと思うんです。

つまり、「なにを言ったか」よりも、「どう振る舞ったか」を見られ、底が割れ、信頼を得たり失ったりしているのではないかと。たとえば愚痴をこぼしたり、誰かに石を投げつけたり、あざ笑ったり、みたいなところで見られているのは完全に「ことば」よりも「振る舞い」ですよね。

ことばでは取り繕うことのできない振る舞いのメディア、として考えると、SNS でそのひとを判断するって、意外と有効な気がします。

鬼にカネボウ。
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古賀史健

ライター。バトンズ代表。著書「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

気になるnote

2016年版

コメント1件

言葉よりも、振る舞い〜このフレーズは響きますね✨
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