「ほめられること」よりも大切なもの

ひとは一生「わたし」と付き合う。

知人・友人であれば、気に食わない相手と二度と会わないこともできる。場合によっては血のつながった家族であっても、絶縁することは可能だ。

けれども「わたし」という相手だけは、絶縁がかなわず、一生付き合っていくしかない。いったいどうすれば、「わたし」という生涯の伴侶を好きになれるのか。どうすれば、「わたし」への嫌悪感を払拭できるのか。これは、多くのひとが思っている以上にむずかしい問題だ。

「わたし」を好きになりたい。
「わたし」を価値あるものと実感したい。
「わたし」は無価値だと思いたくない。

このとき、ぼくらのこころには、承認欲求と呼ばれる欲望が芽生える。他者から認めてもらうこと。あのひとにほめられること。みんなに一目置かれ、ちやほやされること。それによって「わたし」の価値を実感し、「わたし」を好きになろうとするのだ。

けれどもそれではダメだ、と喝破したのが、アルフレッド・アドラーだった。

自らの価値を実感したいなら、「わたし」を好きになりたいなら、他者からの承認を求めてはいけない。承認欲求にとらわれると、けっきょく他者の希望に沿った「わたし」を演じることになり、他者の人生を生きることになる。あなたは自分自身の人生を歩みながら、なおかつ自分を好きになっていかなければならない。

そこでアドラーが提示したのが、「貢献感」というキーワードだった。

自分は誰かに貢献できている、という主観的な感覚を持つこと。実際に貢献できているかどうかにかかわらず(それは確かめようのないことなので)、ただ自分が「わたしは役に立っている」と思えるような生き方を選ぶこと。それによってしか、「わたし」の価値を実感することはできない。


ようするにこれは、「ほめられる生き方」ではなく、「よろこばれる生き方」をめざせ、ということなのだろう。

わたしは誰かに「よろこばれること」を考えているか。「ほめられること」ばかりを考えて、肝心の「よろこばれること」をおろそかにしていないか。


そうだなあ。ぼくも、ほめられる仕事より、よろこばれる仕事がしたいなあ。似ているようでいて、ぜんぜん違うもの、このふたつは。

馬の耳に壇蜜。
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古賀史健

自分のおきに。

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コメント6件

今の私にピッタリです!
なんか元気が出ました!
誉められるより喜ばれる(๑°ㅁ°๑)‼✧
そういう生きたか素敵ですね!
最後の文に、何だか泣きそうになりました。ついつい、周りに認めてもらいたい、褒められたいと思いがちですが、、、アドラーの心理学、面白そうで、もっと知りたいなと思いました。
まだ読んでいませんが、益々読みたくなりました。ロサンゼルスのBook Offに買いに行ったら、売り切れになっていました。あ、日本はどうなのか知りませんが、ロサンゼルスのBook Offは新刊も扱ってます。古賀さんのこのコラム、見つけた時は嬉しかったです。いろんな意味で役に立ってます。ありがとうございます。
「嫌われる勇気」読んだ時かなり衝撃的で、自分が求めていた教えはこれだと直感しました。喜ばれる生き方を目指してみたいと思います。
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