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ストレートと変化球

いまからたぶん10年くらい前、桑田佳祐さんがなにかのインタビューでダイエットしようと思ったきっかけについて、こんな話をしていました。

写真や映像を撮られることの多い商売、中年期にさしかかった自分が太りつつあることは自覚していた。ちょっと痩せたほうがいいんじゃない? とやんわり指摘されたこともあった。でも、本格的にこれはヤバいと思ったのは、若くて痩せてたころの自分を知らない10代の女性ファンから「ぽちゃっとしてかわいい」と言われたことだった。……大意としては、そんな感じの話です。

記事を読んだ当時といえば、ぼくもスリムな30歳(推定)。どういうこころのからくりがそう思わせたのか、よくわかりませんでした。しかし、40代に突入し、目に見えて太りはじめたいま、桑田さんの気持ちが手に取るようにわかる気がします。

要するに「痩せなきゃだめだよ」「太ってちゃカラダによくないよ」と、批判めいた文脈でデブの事実を指摘されると、「そうは言っても、こっちも忙しいんだよ」「食べるくらいしか楽しみがないんだし」「ストレスも多くなるしさ」みたいな反論がたくさん浮かぶ。

けれども「ぽちゃっとしてかわいい」みたいに、太ってしまったわたしをまるごと許容されると「いやいや、ほんとのおれはこんなんじゃないんだ」「こんなおれを認めないでくれ」と、それはそれで反論したくなる。

デブなわたしがよくないことは、他ならぬわたしがいちばんよく知ってるんです。ぐうの音も出ない正論なんです。しかし正論は、それが正論であるがゆえに反発したくなる。ぐうの音を出したくなる。そして吐き出されるぐうの音は、「お前におれのことがわかってたまるか」という、こころの不可侵な領域を拠りどころにした、いちばんタチの悪いぐうの音になる。

だったらいっそ、「ぽちゃっとしてかわいい」みたいな、とうてい正論とは思えないところからボールを投げてくれたほうがありがたい。ということでみなさん、今後ぼくにあったときにはぜひ「痩せたほうがいいよ」の正論ではなく、「ころころしてかわいい」な変化球で攻めてみてください。