見出し画像

まず舐めろ。話はそれからだ。

小学生のころ、砂糖じょうゆが好きだった。

焼いた餅につけて食べる、ちょっとざらっとした舌触りも、好きだった。こんなにおいしいものを餅の季節(正月)だけしか食べないなんてもったいない。そう思ったぼくは、親の目を盗んでは台所で砂糖じょうゆをつくり、こっそりぺろぺろ舐めていた。

砂糖じょうゆとは、あまいものとしょっぱいものの、まさかの組み合わせだ。赤と青を混ぜたら紫になるような、いやむしろ赤と青から金色が生まれるような、混ぜ混ぜのイリュージョンだ。ある日のこと、ぼくは小さじ一杯分の砂糖と塩を小皿に盛り、ぐるぐるかき混ぜた。

どんなにおいしくなるだろう、と舐めたざらざらは、この世のものとは思えないほどまずかった。

そして小学生のぼくは悟った。「砂糖塩が存在しないのは、みんながそれを思いつかなかったからじゃなくって、思いついたし試してみたけど、びっくりするほどまずかったからなんだ」と。


いまでもぼくは、砂糖と塩を混ぜ混ぜするような「これって大発明かも!」をたくさん思いつく。けれどもその「大発明」が、「誰もが思いつく愚策」であり、「多くの人が失敗してきた思いつき」であるかもしれない可能性も、それなりに了解している。

とはいえ、実際に混ぜ混ぜした「砂糖塩」を舐めてみなければ、それが愚策であるかどうかさえもわからない。

この先もたくさんの「砂糖塩」を舐めることになるんだろうけど、そのたびに己の浅はかさにがっかりするんだろうけど、やっぱり「舐める人」であり続けたいなあ、と思うのだ。

いつか砂糖じょうゆにたどり着くのだと信じて。