軸のある人たち。

自分には「軸」となるものがないよなあ、と思う。

いまもむかしもライターの世界では、「専門性を持て」とか「得意分野を持て」とかのアドバイスが語られる。実際ぼくもこれまで、初対面の編集者さんから「得意分野はなんですか?」と、何度となく訊かれてきた。そのたびにへらへらしながら「まあ、得意分野がないのが得意分野っていうかぁ」なんて答えてきたのだけど、そしてそれは間違っていないと思うのだけど、仕事上の得意分野とは別に「軸」がないんだよなあ、おれには。と、ときどきそんなことを思うのだ。

軸となるものは別に、シェイクスピアでもオートバイでもラーメンでも黒澤明でも、なんでもいい。なにかひとつ、さまざまな思いについて、「そこを起点に考える」という軸というか幹みたいなものを持っていたら、枝葉の広がり方もずいぶん違っただろうなあと思う。

たとえばぼくは転勤族の子どもで、福岡県内をぐるぐるぐるぐる転校してまわる幼少時代を過ごした。だからぼくにとっての「地元」は、特定の土地や風景ではなく、もっと漠然とした、概念としての「ふくおか」だ。

知識についても一事が万事そんな感じで、つまみ食いばかりをくり返した結果、好き嫌いなくなんでも食べられる舌と胃袋はできたけど、これといった大好物も存在しないというか、やっぱり「軸」がないのだ。


きのうビートルズを「軸」とした方々のすばらしい演奏に触れながら、心底いいなあ、と思った。「それだけしかできない」ではなく、「そこを起点になんでもできる」強さと深さを肌で感じたのだ。

アイデンティティとまでは言わないけれど、それで悩んでいるわけではないんだけど、「いつでもここに戻れる」という軸。おれにはないんだよなあ。

鬼にカネボウ。
234

古賀史健

ライター。バトンズ代表。著書「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
3つ のマガジンに含まれています

コメント2件

私は占いというものに特化してライターをやってきましたけれども、それを軸と考えるとはなはだ心許なく、あってもなくてもいいような世界なのではと、ときどき疑念を抱き不安になります。まんべんなくいろいろかけるのがプロ。そしてさらに軸を求めることで芸術の域に踏み込もうとされているのかと思うとうらやましい限りです。
私も自分は軸がないなぁと思うことが多いです。幼少期は同じく転勤族で大分県などぐるぐるしていました。なので思わずコメントしてしまいました^ ^私の戻ってこれる場所はどこなのかなぁとぼんやり考えています。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。