ぼくが生きる「場」はどこにあるか。

きのうの話の続きです。

今後コンテンツは「プロダクト」と「サービス」に分かれていく。ゲームにたとえるなら、通常のパッケージソフトと、スマートデバイス用アプリが、それに該当する。ゲームアプリ的コンテンツは、一見すると「短い」「早い」「軽い」などの要素で成り立っているように見えるが、そこは本質ではない。アプリの本質は、そこで「持続的なサービスが提供されていること」である。その準備や覚悟もないままコミュニティサービス型コンテンツに参入することは、少なくともぼくにはできない。きのうの話に補助線を引きながらまとめると、こんなところになります。

こう書くとまるで、ぼくがコミュニティサービス型コンテンツを否定しているように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。むしろ可能性を感じているし、必要性も感じています。問題は、自分がそこでどのような価値を提供できるか、です。

ということで今日は、かなり「自分」に寄った話をします。

 * * *

もともとぼくは本のライターとして生きてきました。これまでやってきた仕事について、プロフィール欄には「累計600万部」と記載しています。ここに海外分を含めると累計800万部になり、そう遠くない将来にはこの数字を1000万部にまで伸ばしたいと思っています。伸ばすでしょう、ぼくならば。印税はぼくにとってほぼ唯一の収入源ですし、「本を売ること」への自覚は、人一倍強いライターです。

ほんとうに「それだけ」でいいのか?

ただ、いつのころからか「ライターとして本を書いて売る」だけでは満足できなくなってきました。自分が食えればそれでいいのか。いいところに住んで、いい車を買って、うまいメシを食って、海外旅行に出かけて、それがお前のやりたかったことなのか。お前には、もっとほかにやるべきことがあるのではないか。そんな思いが首をもたげるようになってきました。

いま冷静に考えると、これは匿名性の高い「本のライター」という仕事を続けるなかで、なにか自分の足跡を残したいという欲のあらわれだったのかもしれません。動機が100%の「利他」でなかっただろうことは、あらかじめお断りしておきます。

結果ぼくは、2015年にバトンズという会社を設立しました。

これは「個人では請けられないようなおおきな仕事を請ける」ためにつくられた会社ではありません。チームとしてひとつの仕事に臨むことはなく、仕事はそれぞれの裁量にまかせた、きわめて「ライター集団」に近い組織です。

それでも会社化した理由は、ひとえに「次代のライター育成」です。社員がつくった企画案(構成案)にぼくがアドバイスし、社員が書いた原稿にぼくが朱入れする。企画の立て方、原稿の書き方、ことばの選び方、構成の組み立て方などをひとつひとつ丁寧に伝えていく。まだまだ足りないところだらけではあるものの、「20代の自分がこんな職場で働けたなら、どんなによかっただろう」と思える環境を、できる範囲で整えているつもりです。

ぼくは若い人にとっての職場とは、修行の場ではなく、搾取の場でもなく、ただただ「機会と学びを与えられる場」であるべきだと思っています。そしてぼくや会社になにかを返してくれる必要もなく、もしも得られた学びがあったならば、それを次の世代に渡していってほしいと願っています。ぼくはぼくで、自分の食いぶちくらいどうにかするので。

それは「会社」でやるべきことなのか?

それでも最近、この「社員として雇いながらマンツーマンで伝えていく」というスタイルに限界を感じるようになってきました。いまのスタイルだと、同時に見ることのできる人数はどんなに多く見積もっても4〜5人だし、そもそも同じ空間で働く「仲間」を探すとなれば、やる気や能力以外の、相性のようなものも加味したうえで採用せざるをえません。また、相性に関しては一緒に働いてみないとお互いわからないところも多く、「あたらしい人に機会を与えること」を望みながらも、「あたらしい人を採ること」に二の足を踏む自分がいました。

そして去年あたりから、「会社とは別に『学校』をつくるのはどうだろう?」と思うようになりました。

ぼくが自分なりに積み上げてきた「書き方」や「考え方」を、社員ほど近い距離ではなく、けれども通信講座ほど遠い距離でもない、お互いにとっていちばんストレスの少ない距離感を保ちながら伝えていく学校。それだったら会社のように4〜5人とはいわず、がんばれば40〜50人くらいを相手に向き合うことができるのかもしれない。ぼくにとっても、若い人たちにとっても、このかたちがいちばん理想的なのかもしれない。そこで相思相愛になれる人がいたら、バトンズのメンバーになってもらってもいいわけだし。

ただの「学校」でいいのか?

この「学校」プランについては昨年来、いろんな人に相談させていただきました。すぐにでもやるべきだよ、と背中を押してくれた人。もしもやることになったらなんでも協力するよ、とプランの詳細も聞かぬまま申し出てくれた人。仲間ってありがたいなあ、ここでこの「ひと言」を言ってくれただけで、もう一生ぶんの借りができちゃった気分だよ、と思いつつも、まだ自分にGOサインが出せません。

ぼくはこれまで、いわゆる「文章の学校」のような場に、講師としてたくさん参加してきました。たとえ自分ではそのつもりがなかったとしても、まわりからはきっとぼくのつくる学校も、「あれ」の亜流というか、二番煎じというか、小規模バージョンに映ることでしょう。

そうじゃないんだよなあ、ぼくはもっと本気で、片手間ではない覚悟で、ここに臨むつもりなんだよなあ。と思いつつも、うっかりそれが「本業」になってしまって、自分の「書く」がおろそかになることも避けたい。話を冒頭に戻すなら、プロダクトとしての本づくりを続けながら、コミュニティサービスとしての学校も手掛けていきたい。とはいえ自分のキャパシティについては十分に承知していて、いちばんカッコ悪いのはどちらも中途半端に終わることだ。


といった悩みが、今月のはじめまで、ずっと頭をぐるぐるしていました。


けれどもいま、そこを吹っ飛ばすかもしれないアイデアがひとつ浮かび、わくわくしています。明日、それについて書きますね。いつもならこのへん、親友でもある編集者の柿内芳文さんに相談したうえでGOサインを出すのですが、あいにく彼はいま海外に出ていて会うことがかないません。まあ、それもきっと「今回はひとりで考えて、ひとりで決めろ!」という神さまからの宿題なのでしょう。

教祖猫を噛む。
236

古賀史健

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
1つのマガジンに含まれています

コメント2件

続きが気になるので早く明日になってほしい。
明日が楽しみだす。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。