こういう日のハードル。

ちょっとしたアクシデントのあった一日。

午後以降に入っていた予定をぜんぶキャンセルし、家に帰らせてもらった。仕事のなかに、こういう休みが入るのはめずらしくない。病欠することも、冠婚葬祭で休むことも、なんでもない有給休暇をとることも、あたりまえに認められた話だ。

一方、プライベートに属することはどうか。毎日 note を書く、という自分に対する約束について、「さすがにこういう日には書かない」という考えかたもあるし、「そういう日でも書く」という考えかたもある。

ぼくの考えはシンプルだ。

「こういう日には書かない」は、いつでも選ぶことができる。そして、一度その道を選んでしまうと、きっと次からは「こういう日」のハードルが下がる。ちょっと疲れたとか、忘年会で飲みすぎたとか、ほんとはなんでもないはずの「きょうは無理かも」を自分に許してしまうようになるだろう。それはまったく、「毎日書く」ではなくなるだろう。

「そういう日でも書く」を選ぶことによって生じる不都合は、それがほんとうに人生や生活に支障をきたすレベルのものであるなら、そのときさっさとやめればよい。


なんてことを考え、ことばにできているのも、「そういう日」に書いているからだ。いまの不安は、明日の締切だけである。これからちょっと寝ます。

出る釘は浮かれる。
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古賀史健

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
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