取材原稿をまとめるときに。

ひさしぶりに、対談原稿をまとめている。

20歳の自分に受けさせたい文章講義』という本のなかでぼくは、ライターとは翻訳者である、と書いた。そしてバトンズという会社を立ち上げるにあたってぼくは、ライターとは拡声器である、と書いた

いまでもぼくは誰かの翻訳者でありたいと願っているし、そのことばを遠くにまで届ける拡声器でありたいと思っている。ただ、どちらかというとそれは心構えの問題であって、具体性に欠けている。「どうすればいいんだよ」の声に答えられていない。もっと、なんというか、書きながら意識していることがあるはずなんだけどなあ。

ずっとそのへんを言語化できずにいたのだけど、最近になってようやく、「ああ、これだ!」と思えることばが浮かんだ。



作曲者、である。

対談原稿をまとめるとき、対話型のインタビュー原稿をまとめるとき、聞き書きスタイルの書籍原稿をまとめるとき。ぼくは作曲する意識をもって、その原稿と向き合っている。

作詞は当然、取材相手だ。歌詞に該当するような「ことば」そのものをぼくが創作することはできない。そして作詞家(取材相手)からあがってきた歌詞とにらめっこしながら、そこにどんな曲をつけるか考える。

メロディを考え、軽く口ずさむ。リズムを考え、指を鳴らす。イントロはどうするのか、アウトロはどうするのか。どんなリズムとメロディに乗ったとき、そのことばはもっともいきいきと輝くのか。最新技術を総動員したサウンドよりも、弦がぶっちぎれるくらいに荒々しい一発録りサウンドのほうがよろこばれることだってある。自分はこの歌詞を、この曲を、つまりはこの「歌」を、誰に、どんなところで、どんなふうに聴いてほしいのか。

曲の仕上がりによって、歌詞の魅力はおおきく増減する。せっかくのすばらしいことばも、曲によって台なしになることがある。

ああ、ぼくはポピュラー・ミュージックを詞先で曲づくりをする作曲家のように、取材原稿をまとめているのだ。まとめるとは、作曲することなんだ。自分のこと、てっきり「ことばの人」かと思っていたよ。


というわけで現在、ある対談原稿をまとめている。

まだ五線譜には手も触れていない、曲の構想を練っているいまくらいの時間がいちばんおもしろい。

馬の耳に壇蜜。
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古賀史健

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
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