コミュニケーションのはじまりに。

こんなボタンがあったらいいな、と思った。

ツイッターやフェイスブックには「いいね!」とか「♡」とかのボタンが用意されている。もちろんそれも押してもらえたらうれしいものだけど、ほんとのほんとに弱音を吐きたくなったとき、そしてほんとに吐いてしまったとき。ここに「me too」ボタンが、つまり「おれも!」ボタンがあったら、かなりうれしいのではないか。

たとえば「疲れたー」とつぶやくと、誰かが「おれも!」を押す。ああ、きみもそうなのか。おれだけじゃないのか。疲れててもいいのか。と安堵する。そういう弱音の互助があったら、うれしいときにはうれしいだろうなあ、と思ったのだ。


しばしば男女の違いとして、相談を受けたときの対応に関する話が語られる。男はつまらない解決策を語り、女は同意や共感のことばを口にする、というものだ。そしてモテない男ほど同意や共感をすっ飛ばして解決策を語るものだけど、女が求めているのは「そうなんだ」「わかるよ」「それはつらかったね」のことばなんだ、みたいな話である。

実際そうなんだろうなあ、と思いつつなかなか実践できない男性陣は多いのではないだろうか。さっさと「悩み」の状態から出してあげること、そのきっかけとしてなんらかの解決策(答え)を提示することが自分の務めだと思っている男性陣は多いのではないだろうか。

あまり性差でものを語ることはしたくないけれど、少なくともぼくには、そういう面がある。同意や共感といわれてもなんかピンとこないし、生産的じゃないし、うそをつきたくはないしなあ、と。

でも、「me too」なら、「おれも」なら、なんか言えそうな気がする。


「me too」からはじまるコミュニケーション、大事なんじゃないかなあ。

毒を食らわばサラダで。
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古賀史健

creative notes #1

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