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たいせつなもの


私には苦手な人がいた。

私から見えたその人は、私のやることなすこと話すこと全てに罰印をつけて投げ返した。

私には苦手な人がいた。

私から見えたその人は、会話のボールをキャッチする気は無くて、ただひたすらに自分が投げるボールに想いを詰め込んで、ぱんぱんに膨れ上がったボールを一本通行に投げた。



私だったらこういう時こーするのに。
あーしてほしいのに。

いつしか私は、"私ではない"そのヒトたちに
"私"を押し付けた。

そして、そのヒトたちが"私"を介してしか
見えなくなった。

私は"私"を肯定する証拠探ししか見えなくなった。



でも、

そのヒトはいつもひとのことばかり考えて自分のことは後回し。私が喜ぶものをいつも用意してくれていた。

そのヒトはいつもそのヒトの最適解を私に送ってくれていた。


そのことに気がついてから、だんだん私の目から"私"フィルターが外れていって、

自分ではないそのヒトが見えるようになった。


"苦手な人"から、"私が苦手な部分"へと変わっていった。

"私が苦手な部分"から、"私が思うそのヒトが不得意な部分"へと変わっていった。



私が、"苦手"とその苦しさにのまれているとき、
いつも隣で温かく手を繋いでくれていた彼に
この変化を伝えた。

こんなただの私のほんの小さな変化に
彼は、何よりも嬉しそうな笑顔で涙を浮かべて、私をぎゅっとしてくれた。

私は、彼の涙の意味に涙した。


こうして2つの大切なものに気がついた今日この頃。

絶対に落っことしてたまるかと、
厳重に心の奥に飾る。




P.S.

初めておふざけなしのエッセイ。
こっぱづかしい。
たまにはいいかしら ね。

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