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なぜ切るのか、切らないのか 後編 〜小説「ヒゲとナプキン」に至るまで【その7】〜

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そんな僕が何故、子宮と卵巣の摘出はしないのか?
その話をする前に日本の現状を前提条件として共有しておきたい。日本では2004年から施行された性同一性障害特例法によって、ある一定の条件を満たすと戸籍上の性の変更が可能となり、現在までに約8000名が戸籍の性別変更をしている。その条件は以下となっている。

一  二十歳以上であること。
二  現に婚姻をしていないこと。
三  現に未成年の子がいないこと。
四  生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五  その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

この条件、どれもそれぞれ課題はあるのだが、特に4番と5番、つまり戸籍上の性別変更をするためには手術をして生殖機能を取り除かないといけないという条件が課せられているところに大きな課題を感じている。

自身の体に対する違和感や嫌悪感から、自ら望んで手術をするのは個人のQOLにとっても大切な判断であり、他者が口出しすることではない。しかし、手術まで望んでいない者にも手術を強要する形になっているのは大きな問題だ。子宮と卵巣の摘出をしていない僕はこの条件に当てはまらないため、戸籍の変更ができないのである。

自分も他人からも目に見えるおっぱいの存在に対する嫌悪感は非常に強かったため、10年前に切除した。しかし、子宮と卵巣という体内にあるものは普段の生活では目に見えず、ホルモン投与で生理が止まってからは、その存在を忘れてしまう程度のものになった。

ペニスの形成も考えたことがないわけではない。もしもペニス形成の手術をすることで、性行為や生殖が可能になるというのであれば多少のリスクを冒してでも手術をしたかもしれない。しかし、心身や金銭的なリスクが非常に高いわりに、それは叶わないので僕にとっては現実的ではなかった。

なので何故、子宮と卵巣の摘出をしないのか。その答えはシンプルだ。

自分がそうしたいと思わないから。

しかし、「手術はしたくない」、「でも戸籍の変更をしたい」なんてわがままだと言われてしまう。厳密に言えば、僕は戸籍上の表記は男でも女でも、もうどっちでもいいと思っている。パートナーや子どもとの関係も含めた社会生活における不都合を解消するための手段として戸籍変更を望んでいるに過ぎない。

良くも悪くもこの法律ができたことによって、選択肢ができてしまったことが悩ましい。

子宮と卵巣を取り除く手術さえすれば、僕は戸籍上も男性になれるし、彼女とも結婚ができるようになる。彼女と付き合いはじめて5年も経つと「そろそろ彼女や彼女の家族のためにも責任取らないといけないかなぁ、、僕が手術をすることが彼女に対する誠意なんじゃないか、、、」そんなことを思い始めている自分がいた。(責任を取るって時点で考えかた古いけど、、、)

「仕事に支障が出るから」「彼女と結婚するために」と望まない手術を決断したトランスジェンダーは、僕が知っているだけでも数えきれない。「手術した後、やっぱり体調崩しやすくなったんだよね、、、」と言いながらも、順調に仕事で成功をおさめ、彼女と幸せな結婚生活を営む彼らの選択を間違いだと言うつもりは毛頭ない。

一方で、「彼女と結婚するために」という理由で手術をし、その後離婚してしまったトランス男性が「後悔はないんだけどね、、、」と、自分に言い聞かせるように「後悔はない」という言葉を繰り返す友人にかける言葉は、今でもなかなか見つからない。

僕たちは、制度のために生きているのだろうか?
それとも生きるために制度があるのであるのだろうか?

答えは明白だろう、と思うのは僕だけなのだろうか。



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