杉山文野(すぎやま ふみの)

1981年東京都生まれ早稲田大学大学院教育学研究科卒 フェンシング元女子日本代表トランスジェンダーNPO法人東京レインボープライド共同代表理事NPO法人ハートをつなごう学校代表渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員http://fuminos.com

カミングアウト  〜小説「ヒゲとナプキン」に至るまで【その8】〜

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カミングアウトは点ではなく線である。

当事者からすれば初めてのカミングアウトは恐怖でしかない。
相手に気持ち悪いと思われるのではないか、今までのような関係性が保てないのではないか、、、様々な不安に押しつぶされそうになりながら、相手にいつどうやって伝えるか、何度も何度も頭の中でシミレーションを行い、その日を迎える。

かたや、カミングアウトを受ける側は寝耳に水、といったケースも

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なぜ切るのか、切らないのか 後編 〜小説「ヒゲとナプキン」に至るまで【その7】〜

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そんな僕が何故、子宮と卵巣の摘出はしないのか?
その話をする前に日本の現状を前提条件として共有しておきたい。日本では2004年から施行された性同一性障害特例法によって、ある一定の条件を満たすと戸籍上の性の変更が可能となり、現在までに約8000名が戸籍の性別変更をしている。その条件は以下となっている。

一  二十歳以上であること。
二  現に婚姻をしていないこと。
三  現に未成年

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なぜ切るのか、切らないのか 前編 〜小説「ヒゲとナプキン」に至るまで【その6】〜

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おっぱいとサヨナラしたのは今から10年前、27歳のとき。タイにある病院で麻酔から目覚め平らになった胸を見たときには「元に戻ったー!!!!」と感激したのを覚えている。傷の痛みなど全く気にならないほど、心の傷が癒えた瞬間だった。

「何でフミノはそうまでして男になりたいの?」とよく聞かれていたが、別に変わりたかったわけではなく、「元に戻る」という感覚で手術を考えていた。とは言え、もちろ

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初めての新宿二丁目と手術のこと  〜小説「ヒゲとナプキン」に至るまで【その5】〜

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初めてFTMの人に会ったのは18歳のとき、新宿二丁目のお店だった。当時人気だった『トゥナイト2』という深夜番組でやっていたオナベバー特集に衝撃を受けた僕は、いてもたってもいられずお店を訪れたのだった。

雑居ビルの4階にあった小さなお店、ピンク色の重たい鉄扉を開けたときのドキドキ感は今でも忘れられない。扉を開けると、そこにはテレビに映っていた「おなべ」の方がカウンターに立ってい

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トランスジェンダー のトイレ問題について考える 〜小説「ヒゲとナプキン」に至るまで【その4】〜

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世界を巡るバックパッカーでの旅から10年経った今、見える景色はかなり変わってきた。それはLGBTに対する認知度が底上げされたという社会の変化もあるだろうし、手術やホルモン投与、また様々な経験で心身ともに変化した僕自身にもあるだろう。

しかし、そんな今でも聞かれることがある。

「杉山さんってどっちのトイレ使っているんですか?」と。

この髭面で女性用のトイレに入っていけるとで

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She or He ?  〜小説「ヒゲとナプキン」に至るまで【その3】〜

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13年前に拙著「ダブルハッピネス」(講談社)を出版した僕。
セクシュアリティをオープンにするなら水商売、昼間の社会で生きていくならクローズで、ほぼその二択しかなかった時代に、早稲田の現役大学院生がカミングアウトということに驚く人は多かった。スポーツの日本代表という、社会から評価を得やすい肩書きがあったのも多少のインパクトになったようだった。しかし、セクシュアル・マイノリティはも

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