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過去に慣れる

もし上京しなければ、あの時帰れば、あの人に会わなければ。

最近ふと2019年を思い出すことがあるけど、フラッシュバックみたいなドキドキ動悸系じゃないので、随分と強くなりました。

過去に慣れたと言うべきか。

私の2019といえば、行き場のない気持ちでストレス過多になっていた時期があり、そこから少しずつ元気を取り戻し、今ではすっかりこんな感じです。

時間が一番の薬だけど、自分の回復を早めるためにやったいくつかのことを、今更ながら思い出したので書き留めます。

いつかだれかのつらいときの、何かの参考になれば!(ざっくりしすぎ)

突然のフラッシュバック

そもそもこんなことを思い出したのは、ラジオから突然あいみょんの曲が流れたから。

それは私が深夜の公園を延々と自転車で回り続けた時(怖)に聞いた曲で、「悲しい時には自分の好きな曲を聴くべきではない(その曲を聴くたびに思い出してしまうから)」というアドバイスに基づき、特に愛着のないその時やっていたドラマの曲が、あいみょんだった。

ただ、ひたすら延々と流したら、ふつうに良い曲だし、今では思い出の曲になってしまった。笑

と、いうことがきっかけで、当時の写真を見返していた。
楽しかったなあ〜、海外出張。友人や家族との国内旅行。関ジャニ∞の福岡ドーム。

まあ、その後の崩落と暴走っぷりは酷くて、友人たちはよく対応してくれたと思う。

以下、時系列に見えるけど、実際は5ヶ月くらいで全て並行して取り組んだものです。
次々とやばいことが出てきて、それに対処してたら元気になってた、って感じ!

①体調がやばい

症状が出たりもしたけど、基本は時間が経つのをじっと待つしかなかった。

突然の動悸が止まらないから安定するくすりを飲んでみたい、と話すと、それはお勧めしない、と色々な声をいただいて、自分の精神力で心臓の動きと向き合うことにした。(これが正しかったかは不明)

眠れないのにぜんぜん眠たくないという、ある種最強の状態にあったけど、楽になりたくて睡眠薬は一回だけ飲んだ。
効果はあんまりだけど、お守りとして予備薬を持つのは良かった。

そして、だんだん大丈夫な日が出てきて、薄まって、いまは快眠。今朝は嵐が夢に出てきたよ!!

②泣けなさがやばい

どん底まで泣いたらスッキリするよ、という優しい声もあった。
それは友人たちの過去の経験に基づくアドバイスだと思うと、、みんな色々あるよね。

しかし、まったく泣かなかった。
泣け!と思っても頑なに扉が開かなかったので困った。
なぜなら、泣いても喚いてもこの家の生活があった。

生活に根ざした病み方は、非常に危険。
友人に強く押されて環境を変えた。

結果、泣くことよりは笑うことで回復しました(後述)。


だからこその③遊ばないとやばい

母から「とにかく土日全て遊べ」というアドバイスをもらった。

周りに声かけまくってめちゃくちゃ予定入れた。ありがとう。

1ヶ月まるごと毎日誕生日!と決めて、貯金や節約をやめて、家計簿をやめて、誰かとご飯に行きまくった。
旅行も行ったね。ありがとう!


2ヶ月で行ったところ
・実家
・映画館
・初のジャズバー
・初の美容皮膚科(ピアス)
・初の三島〜熱海旅行
・初の宝塚遠征
・ディズニーシー
・ディズニーランド
・レストラン
・居酒屋
・宅飲み
・外ランチ

やりすぎ感あるけど、これくらい遊ぶと、まずまず回復します!
今似たような状況の人は、発散先が限られるからかなりしんどいと思う。

④外食しないとやばい

「嫌なことはしない」と決めたので、家では朝ご飯を炊くくらいで、まったく自炊をしなかった。

我が家でたこパをするときは、まな板すらなくて友人に買ってきてもらった。

夕飯は誰かと飲みに行った。
コロナ前で運が良かったと思う。

あと仕事が終わらなくて上司と二人で飲んでいた。上司にも感謝。笑

⑤笑わないとやばい

そんな遊びをしながらも、いまいち心から笑えない状態だったけど、救ってくれたのは下ネタでした。笑

オードリーの番組で、脅威の下半身パフォーマンスを見て爆笑。
ぷつ、と何かが弾けたようだった。

今もレコーダーにとってあって、たまに見て爆笑してる大好きな回。
世間はテレビ離れというけれど、私はおばあさんになってもバラエティを見て笑っていたい。

⑥フロリダに行かないとやばい

憔悴状態で帰省したとき、親友と勢いでフロリダのディズニーに行こうという話に。
そのまま地下街を歩きパンフレットを集めた。

フロリダディズニーでは、朝から晩まで遊びまくって超楽しんだ。
仕事は超繁忙期だったので、帰国した翌日出社した。笑

めちゃくちゃだけど、そういうめちゃくちゃが必要だった。

ちなみに、行きの長い飛行機、夢の中でフラッシュバックした。
4ヶ月くらいは経っていたのでびっくりしたし、タイミング最悪、と思った。

でも、"悲しい思い出箱さん"(人格つけてみた)からの「これから絶対楽しいフロリダが始まるから、今なら僕の散らかった箱を開いて整理しても大丈夫かな?」というメッセージだったのかなと思う。

過去を過去として記録するための、脳の無意識の作業だったのかなと解釈している。
箱さんの予想通り、めちゃくちゃ楽しかったです。

⑦マッチングアプリしないとやばい、、わけではない

当初はまっっったくやる気ゼロ、出会い系じゃん、とドン引きの私にプロフィールまで作らせる友人たち。

異性とたくさんデュエルして、怒られたり励まされたりスルーしたりブロックしたり一旦やめたり、、結果、ドライな根性が鍛えられた。

今思えば、一人でいられる状態になるのが最優先で、寂しさを誰かで埋めようとするのは違ったな、と思うから、これは必要かはわからない。

でも正直、異性カタログは面白かった。
友人たちと一緒に見ると、お互いの好みがわかって尚更面白い(目的ずれてる)。
結果、刺激としては良かったし、いったんの成果もあった。

⑧働かないとやばい

ぜーんぶやめて地元に戻ろうとしたけど、早まるなと止められる。

その分、超自暴自棄だったからこそ、プライベートいらねえと思っていたからこそ、有り得ない激忙の仕事にのめり込んだ。
今ならできない全力の働きぶりで、優秀な社畜であった。

そうしたら、転職先が現れた!ラッキー!!

⑨健康にならないとやばい

友人と、「これからの人生まったく読めないけど、女性のあらゆる可能性に備えて健康でいることが一番大事なのでは」という話になり、暗闇でチャリを漕ぎまくるクラブ系ジムに通い始める。

仕事で疲れ果ててなお、爆音の中自転車を漕いでいた。
おかげで残業も階段も軽々!!(当時です)
運動って楽しいな〜と初めて知った。

そして

ここまできたところでコロナが始まった。

そう思うと、変にウチにこもって感傷に浸らずに、短期間集中でソトに出て遊びまくって良かったと思う。

ソトに出まくったあとは、ウチのこと。

今度はステイホーム期間を利用して、引っ越したまま放ったらかしにしていた家のことに手をつけ始め、家具を買ったり捨てたり、お皿を集めたりして楽しく過ごせた。
GWは毎日誰かとzoomして孤独をしのいだ。

転職もしたので慌ただしく過ごしていたら、2021年も半分が過ぎていた。



もし上京しなければ、あの時帰れば、あの人に会わなければ。
そう思うことはあるけど、私はたくさんのif分岐ルートの選択を続けてここにいる。

ちなみに、上記9つに熱心に取り組んでいるうちに、初めて開けたピアスの穴は、心の穴と同じように塞がってしまいました!(上手いこと言おうとした)

ではまた!

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