ホソヘリカメムシの殺虫剤抵抗性 ~助け合いで生き残る~ 論文紹介

ホソヘリカメムシの殺虫剤抵抗性 ~助け合いで生き残る~ 

論文名 Insecticide resistance by a host-symbiont reciprocal detoxification
宿主-共生細菌間の相互的解毒による殺虫剤抵抗性
著者名 Yuya Sato, Seonghan Jang, Kazutaka Takeshita, Hideomi Itoh, Hideaki Koike, Kanako Tago, Masahito Hayatsu, Tomoyuki Hori & Yoshitomo Kikuchi
掲載誌 Nature Communications
掲載年 2021年
リンク https://doi.org/10.1038/s41467-021-26649-2

ホソヘリカメムシの殺虫剤抵抗性獲得のメカニズムの一端を明らかにした2021年の論文です。
 カメムシ類は消化管に細菌を共生させるための専用の器官であるクリプトを持っていることが知られています。また、共生させる細菌は宿主であるカメムシによって選択されていることも分かっています。このことについては以前このサイトでも「カメムシの共生器官 ~バクテリアの家を作る~」として紹介しました。今回紹介する研究では、共生している細菌が宿主の殺虫剤抵抗性にどのように関わっているかを明らかにしています。
 「背景」にあるように、カメムシは植物の汁を吸うことでその植物の成長や果実形成に深刻な被害を与える農業害虫です(漫画「ホソヘリカメムシ」参照)。そのため、駆除対象として殺虫剤が使われるようになりました。その中で、殺虫剤が効かない、抵抗性を持つカメムシがいることが分かり、どうして効かないのかということが調べられています(漫画「ホソヘリカメムシと共生細菌」参照)。2012年にはホソヘリカメムシの殺虫剤抵抗性は共生細菌によって獲得されていることが今回の論文と同じ研究グループによって報告されています。それ以降も研究が継続されているようで、共生細菌に関する論文が断続的に発表されています。今回の論文では殺虫剤抵抗性のメカニズムについてもう少し踏み込むとともに宿主と細菌との相利関係について明らかにしています。
 論文では細菌間の遺伝子の水平伝播について明らかにしています(漫画「水平伝播」参照)。水平伝播とは生物の個体間で親子関係ではないのに遺伝子が移ることです。これが親子関係の場合は垂直伝播になります。細菌には核ゲノムとは別にプラスミドという遺伝子情報を含む環状のDNA を持っています。このプラスミドが細菌間で移動することで水平伝播が起こります。水平伝播による遺伝子の獲得かどうかについて論文では調べており、それを漫画にしたのですがなかなか難しく、上手く伝わってくれればと思います。
 著者は産業技術総合研究所(産総研)と農研機構、そして農学部に所属する方々で、この研究の最終的な目的が農業害虫の駆除による農業生産への寄与であることが伺えます。今回紹介した研究は基礎的な内容ですが、この研究によって得られた知見が企業のシーズとなりより良い殺虫剤の開発や抵抗性を獲得されない方法の開発などにつながっていくであろうことが容易に考えられ、基礎研究の重要さというものを再認識できるのではないでしょうか。

補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。


この論文で分かったこと
・殺虫剤抵抗性ホソヘリカメムシの共生細菌であるSFA1系統では、フェニトロチオンを分解するMpd酵素が恒常的に発現している。
・SFA1系統の持つmpd遺伝子は水平伝播によって獲得された。
・ホソヘリカメムシに投与されたフェニトロチオンは共生細菌SFA1系統のMpd酵素によって分解され解毒されている。
・フェニトロチオンの分解産物である3M4Nは殺菌作用を持つが、宿主によって消化管外へ排泄されている。

[背景]

 昆虫は、植物毒や人工農薬などの有害物質に囲まれて生活しています。これらの毒物を克服するために、草食性昆虫は精巧な解毒の仕組みを進化させてきました。毒抵抗性は昆虫に陸上生態系での成功をもたらしましたが、同時に殺虫剤抵抗性は現代の農業や公衆衛生における最も深刻な問題の一つです。抵抗性機構は昆虫自身のゲノムに存在することが多いですが、多くの昆虫において、特定の腸内細菌も化学物質を分解することによって毒抵抗性に寄与していることが最近の研究で明らかにされています。
 多くの昆虫は共生に特殊化した菌細胞または腸内に共生細菌を持ち、それらは必須アミノ酸の供給やビタミンの補給、植物細胞壁などの難消化性食物の消化など、重要な代謝的役割を担っています。また、共生細菌は栄養面だけでなく、耐熱性、寄生虫・病原体への抵抗性、体色形成、毒素分解などの機能も持つことが、近年の研究により明らかになっています。しかし、宿主と共生細菌の代謝的相互作用が、これらの異なる共生細菌が関わる生態形質にどのように関与しているかについては、あまり調べられていません。
 東アジアのマメ科作物の深刻な害虫であるホソヘリカメムシは、毎世代土壌から特定のバークホルデリア属細菌を獲得し、中腸のクリプトにこの細菌を1000万から1億細胞持っています(図1a)。(補足:クリプトは中腸にある袋状の構造をした細菌のための領域で、カメムシの中腸にはクリプトがたくさん存在する。図1aの緑色に見える部分。)この共生細菌は、宿主の代謝廃棄物のリサイクルに貢献し、宿主であるホソヘリカメムシの成長と繁殖に寄与しています。また、共生細菌の中には、有機リン系殺虫剤フェニトロチオンを分解する能力を持つものもあります。このような細菌株が中腸のクリプトに定着することで、宿主昆虫はフェニトロチオン抵抗性を即座に獲得します。フェニトロチオンは節足動物のアセチルコリンエステラーゼを阻害し、節足動物に特異的な経口および経皮毒性を示し、世界中で使用されている最も有名な有機リン系殺虫剤の1つです。フェニトロチオンを分解する共生細菌株はフェニトロチオンを炭素源として利用できるため、フェニトロチオンを散布すると土壌中のこれらの細菌株が濃縮され、フェニトロチオン分解共生細菌株によるホソヘリカメムシへの感染が促進されます。共生細菌が関わる抵抗性は、フェニトロチオンの経口投与とクチクラ投与(経皮投与)に対して有効です。
 本研究では、トランスクリプトミクスと逆遺伝学を用いて、殺虫剤フェニトロチオンの腸内共生細菌による生体内での解毒過程を報告し、殺虫剤とその殺菌性分解産物の宿主と共生細菌の相互解毒が、安定した関係の維持に極めて重要で、それにより効率的に解毒できることを明らかにしました。(補足:トランスクリプトミクスは網羅的な遺伝子発現解析による研究アプローチのこと。)

[結果と考察]

ホソヘリカメムシ共生細菌のフェニトロチオン分解経路
 
共生細菌によるフェニトロチオン抵抗性の遺伝学的基盤を明らかにするために、最初に、典型的なフェニトロチオン分解ホソヘリカメムシ共生細菌であるSFA1系統の全ゲノム配列を決定しました。SFA1のゲノムは3つの環状染色体と5つのプラスミドからなり、全長は950万塩基でした。(補足:プラスミドは核外に存在する環状のDNAで、細胞分裂によって娘細胞に引き継がれる。)この共生細菌は、以前に報告されたシュードモナス属細菌や他のバークホルデリア属細菌が持つ全長48万塩基のプラスミド2に存在するフェニトロチオン分解遺伝子群を持っていました。他のフェニトロチオン分解経路に関わる遺伝子と同様に細菌のメチルパラチオン分解酵素(mpd)遺伝子の系統関係は、その遺伝子を持つ細菌に対応する系統関係と一致しませんでした(図2)。(補足:mpd遺伝子はフェニトロチオン分解経路の最初に働く酵素の遺伝子。図1b参照。)このことは、広い範囲のグラム陰性細菌の間で、これらの遺伝子群が水平伝播し、バークホルデリア属共生細菌はこのプラスミドの水平伝播によってフェニトロチオン分解能を獲得した可能性を強く示しています。共培養実験によって、プラスミドが実際にSFA1系統から分解能を持たない共生細菌にしばしば伝播することが分かったことから、細菌間の移動性が確かめられました。さらに、新たに出現した分解能を持つ共生細菌はホソヘリカメムシの腸でコロニーを形成し、宿主にフェニトロチオン抵抗性を与えました。

 ゲノムデータから、フェニトロチオンは2-メチルハイドロキノンからパラ-ニトロフェノール還元酵素(Pnp)による代謝経路、またはメチルハイドロキノン代謝酵素(Mhq)による経路の2つの代謝経路に分かれてSFA1系統によって分解されると考えられます。共生細菌を、唯一の炭素資源としてフェニトロチオンを含む最少培地で培養した場合、Mhq経路の遺伝子はその上流のmpd遺伝子やpnpAB遺伝子と同様に多く発現していました(図1b)。このことは、SFA1系統はフェニトロチオンを主にMhq経路を介して分解していることを示しています。

フェニトロチオン分解の最初の異化工程は共生細菌による殺虫剤抵抗性に必須かつ十分である
 
続いて、ホソヘリカメムシの中腸クリプトに共生しているSFA1系統細菌でのフェニトロチオン分解に関わる遺伝子の発現レベルを調べました。予想外に、分解の最初に働くMpd酵素の遺伝子だけが高いレベルで発現していましたが、全ての下流遺伝子の発現はほとんど見られませんでした(図1b)。さらに、遺伝子の発現レベルはホソヘリカメムシへのフェニトロチオン投与によって影響を受けませんでした。Mpd遺伝子はフェニトロチオンを含まない培地で培養した細菌でも高いレベルで発現していたことから、SFA1系統では、この遺伝子は恒常的に発現していることが分かりました。シュードモナス属細菌のこれまでの研究では、Mpd酵素は膜たんぱく質で、フェニトロチオン分解の最初の工程は細胞膜周辺腔で行われることが報告されています。フェニトロチオンは昆虫に対して毒性が高いですが、分解産物である3-メチル-4-ニトロフェノール(3M4N、黄色のフェノール化合物)は無毒です(図3a)。これらの結果から、フェニトロチオン抵抗性は腸でのmpd遺伝子の発現とMpd酵素によるフェニトロチオンの3M4Nへの代謝によって主に与えられている可能性が強く示されました。

 この点を確かめるために、mpd遺伝子とpnpA遺伝子を欠失させた変異体を作成し、これを矯正させたホソヘリカメムシを用いてフェニトロチオン暴露試験を行いました。3M4Nを2-メチル-1,4-ベンゾキノンへ分解するPnpA酵素はSFA1系統では相同の2つの遺伝子、pnpA1遺伝子とpnpA2遺伝子があります(図1b)。これらは2つとも欠失させました。遺伝子欠失変異体は野生型SFA1系統と同様に唯一の炭素資源としてグルコースを含む最少培地で十分に増殖しました(図3b)。しかし、mpd遺伝子欠失変異体、pnpA2遺伝子欠失変異体、pnpA1 遺伝子およびpnpA2遺伝子欠失変異体は、唯一の炭素資源としてフェニトロチオンを含む最少培地では増殖することができませんでした(図3c)。一方で、pnpA1遺伝子欠失変異体は問題なく増殖したことから、SFA1系統によるフェニトロチオン分解はmpd遺伝子とpnpA1遺伝子が関わっていることが確かめられました。全ての変異体は、宿主のホソヘリカメムシがフェニトロチオンに暴露されていない場合でも、中腸クリプトでコロニーを形成しました(図3d)。しかし、共生した昆虫にフェニトロチオンを投与したとき、pnpA1遺伝子欠失変異体、pnpA2遺伝子欠失変異体、pnpA1 遺伝子およびpnpA2遺伝子欠失変異体共生昆虫では問題ありませんでしたが、mpd遺伝子欠失変異体共生昆虫では生存率が有意に低下しました(図3e)。mpd遺伝子欠失を遺伝学的に補填した変異体(⊿mpd/mpd+)は、フェニトロチオン培地での増殖能と宿主昆虫にフェニトロチオン抵抗性を与える能力を回復しました(図3c、e)。まとめると、これらの結果から、(1)SFA1系統のフェニトロチオン分解過程と遺伝子発現パターンは試験管内と宿主内では明らかに異なり、(2)宿主内ではmpd遺伝子だけが高いレベルで発現し、(3)mpd遺伝子は宿主昆虫のフェニトロチオン抵抗性には必要十分であることが明らかになりました。

殺虫剤フェニトロチオンの分解産物3M4Nは高い殺菌作用を持つ 
 
注目すべきことに、pnpA2遺伝子欠失変異体とpnpA1 遺伝子およびpnpA2遺伝子欠失変異体を培養したフェニトロチオン培地は3M4Nの蓄積により黄色になりました(図3c)。炭素資源としてクエン酸を含む栄養培地で培養した後にフェニトロチオン培地に移すと、野生型SFA1系統は10-20時間の増殖停滞を経てから増殖を再開しました。pnpA遺伝子の発現はその基質である3M4Nに依存しているため、黄色味がかった培地の色が示すように、この長い増殖停滞はpnpA遺伝子の発現が誘導されるまでの培地中の3M4Nの蓄積による可能性があります(図3a)。さらに、この化合物は共生細菌にとって毒性がある可能性もあります。実際、フェニトロチオンまたは3M4Nを含む培養したSFA1系統を寒天培地に植え付けると、フェニトロチオンではなく3M4Nは殺菌作用を示しました(図4a)。これまでの研究では、中腸クリプトの共生細菌は培養した細菌よりも薄い細胞壁を持ち、界面活性剤、たんぱく質分解酵素、細胞表面攻撃性抗生物ペプチドといった様々なストレスに対して反応性が高いことが報告されています。寒天培地の試験によって、フェニトロチオンは無毒でしたが、3M4Nは培地で増殖したSFA1系統よりも中腸クリプトから取り出したSFA1系統に対して非常に高い毒性を示しました(図4a)。

宿主によって腸の共生器官から効果的に殺菌剤3M4Nは除去される 
 
中腸クリプトでの恒常的に発現するmpd遺伝子とほとんど発現しないpnpA遺伝子という不均衡な発現パターンから、共生細菌群に多大な影響を与えると考えられる3M4Nの中腸での蓄積を引き起こすと予想されます。しかし、宿主昆虫の共生細菌数は3M4Nの摂取によって影響を受けませんでした(図4b)。さらに、3M4N分解酵素を欠失しており感受性が高いpnpA1 遺伝子およびpnpA2遺伝子欠失変異体さえも3M4Nの摂取によって影響を受けなかったことから、共生器官に3M4Nは蓄積しない可能性が強く示されました(図4b)。SFA1系統が共生した中腸を切り出し細菌が漏れ出さないように前後の切り口をナイロン紐で縛り、フェニトロチオンを含む緩衝液に漬けたところ、3M4Nは溶液に蓄積しました(図4c)。この発見から、フェニトロチオンはクリプト内腔へ浸透し、共生細菌によって分解され、中腸クリプトを介した運搬システムは不明ですが、その分解産物である3M4Nは活発に中腸から外側へと排泄されていることが分かりました。3M4Nによって誘導されるpnpA2遺伝子の中腸での低発現は、この結論を支持しています。中腸による3M4N排泄能は、昆虫の血リンパに含まれる主な糖であるトレハロースの存在によって影響を受けることはありませんでした。フェニトロチオンの分解は中腸クリプトで行われますが、共生細菌あたりの分解活性は培養細菌よりも約10倍低くなりました(図4d)。これは、(1)mpd遺伝子の発現活性もしくはそのたんぱく質量が腸では少ない、(2)腸上皮にあるフェニトロチオンと3M4Nの運搬システム分解効率を制限している、(3)中腸クリプトでは共生細菌がコンパクトになっているため分解効率を上げるための表面積が減少している、といった理由が考えられます。3M4Nを含む水を摂取したホソヘリカメムシのフンを質量分析器で分析したところ、フン中に3M4Nが含まれていることが分かったことから、3M4Nは代謝されることなく未変化体のままで排泄されると考えられますが、この点についてはさらなる確認が必要です。

宿主-共生細菌間の相互的解毒
 
まとめると、共生細菌による殺虫剤の解毒は精巧な宿主-共生細菌のコラボレーションによって行われていると結論されます。共生細菌は活発に殺虫剤フェニトロチオンを分解し、その見返りに、宿主は殺菌剤となる分解産物3M4Nを即座に排泄しています(図4d)。そのため、殺虫剤暴露下においても、この協調的な解毒は共生細菌を維持し高い解毒活性を保持することを可能にします。宿主と共生細菌の両者が代謝経路に貢献する宿主-共生細菌の代謝統合は、共生細菌の酵素と宿主の酵素によって生合成工程が行われる植物や血を吸っている昆虫の多くの共生相互作用でよく見られる特徴です。本研究では、解毒共生においても宿主-共生細菌の代謝統合が重要であることを明らかにしました。
 共生細菌によるフェニトロチオンの解毒過程は、昆虫でもう一つの知られているグルタチオン転移酵素(GST)によるフェニトロチオン解毒メカニズムと非常に類似していることは注目すべきことです。昆虫のグルタチオン転移酵素はグルタチオン抱合によってフェニトロチオンを解毒しますが、共生細菌のMpd酵素はフェニトロチオンを5-S-グルタチオニル-1-メチル-2-ニトロベンゼンと3M4Nに加水分解し、続けて、それらは昆虫の細胞や組織から排出されます。フェニトロチオン抵抗性昆虫ではグルタチオン転移酵素の恒常的な高発現が報告されていますが、そのようなGSTを持たない昆虫では、フェニトロチオンを修飾するグルタチオン転移酵素へと進化させるために自身のゲノムに変異させる必要がなく、恒常的にmpd遺伝子を発現するフェニトロチオン分解共生細菌によって機能的かつシステム的にグルタチオン転移酵素の役割を模倣することができます。もう一つの注目すべき点は、腸内共生細菌は遺伝子の水平伝播によって素早く解毒能を獲得することができることです。幅広い細菌が殺虫剤分解遺伝子をプラスミド上に持っており、バークホルデリア属では、環境中の殺虫剤の有無によってフェニトロチオン分解に関わるプラスミドを動的に獲得したり失ったりすることができます。そのため、高い適応性のある共生細菌による解毒メカニズムは、植物-草食動物やヒト-害虫のような拮抗した毒を介した関係性の進化的軍拡競争や競合的共進化において決定的な役割を果たしている可能性があります。


よろしくお願いします。