二人の妹がいる。

歳が近い妹(妹Aとする)と歳が離れている妹(妹Bとする)。

妹Aは、歳が近いからやはり話のレベルも近いため楽しく会話できる。
苛立つことも少ない。

妹Bは、まあ苛立つことの方が多い。
生意気というか、考え方とか振るまいというか生活感というか、ことあるごとに私の神経を逆撫でてくる。
イラストレーターになるために専門学校に通う妹だ。


私はいわゆるシスコンに分類されると思う。

なんでもしてあげたくなるし、喜んでいたり嬉しそうなのをみると私も満足する。

なら歳が近い妹の夢を応援してあげろと言われそうだが、応援してあげられるほど優しくはなれなかった。

だって私の夢は折れた。

たくさん我慢してきて、独学でもイラストレーターになった人たちもいると自分に言い聞かせて頑張ってきたのに。

なんで私はだめで、妹Bはよかったのか。


妹たちは私より可愛がられていると思う。

容姿もいいし、世渡り上手だし。

特に妹Bは私たちが許されなかったことを早々に許されていたりもした。
身内からの甘やかされかたが格段に違う。

甘やかされてるから、好き放題にやる。
妹Bが好き放題やるのは姉が甘やかして育てたからと親に言われたときは、なんて責任転嫁なんだと苛立った。

そして好き放題してもそれが怒られないから苛立ってくる。

私はだめだったのに、私はできなかったのに、私は注意されてきたのに。


家族団欒の時間に水をさすような行動だったり、あまりのだらしない言動や自業自得な出来事に不機嫌になっている姿を指摘すると悪いのはまるで私のような空気になる。

言い方がきつくなっている私も悪いかもしれないが、根本で悪いのは妹Bじゃないのかと苛立ってくる。

妹Bがイラストレーターを目指す理由は私と似ていた。
それに苛立ったこともある、私のほうが好きなのにって。

好きに年数は関係ないという人もいるかもしれないが、それは成功者にとって良く聞こえる言葉だと思っているので嫌いな言葉だ。

妹Bの進路の決断の際、母は祖母に相談していたらしい。
祖母は「本人が行きたいというなら行かせるのが親」と言ったらしい。

私のときには言ってくれなかったのかと思った。

その話の流れで「絵でいうと長女(ふな)は昔からずっと描いていたね」言ってくれたそうだ、母は「長女(ふな)は趣味で描くことを決めて、専門学校は自腹で行ってもいいかもと進路を決める際に言ったから」と言ったそうだ。

私がそう言ったのは、それで自分を納得させるためで諦めなんて今の今までついてない。

本気で前向きにそう言ったなんて思わないでほしい。

私があのときもっと強く専門学校に行きたいと言えば行かせてくれたんだろうか。
未だに昇華できない一番の後悔。

あのときああすればよかった、ああ言えばよかった、間違った選択をして後悔の繰り返し。

本当に生きるのが下手くそだと思う。

だから上手く生きている妹たちが羨ましくて、嫉妬して、苛立つ。

生きるのが下手なのは性格のせいだと思う。
産まれてから成長しながら植え付けられてきた、育ってきた性格のせい。

この性格をすぐに変えられたならずっと嫌な気持ち苛立つを引きずりながら生きてないだろう。

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