2023年10月の渋谷らくご「下北半島の怪物 三遊亭青森五日間」の件

渋谷らくごは毎月第2金曜日から5日間、渋谷のユーロライブで開催されている落語会だ。若者を中心とする落語に触れたことが無い世代・客層へのリーチを目指した、「初心者向けの落語会」というコンセプトを打ち出している。
渋谷らくごの革新性については、落語評論家の広瀬和生さんの記事が分かりやすいので貼っておく(2019年の記事のため、チケット価格や企画内容などは現在と異なる箇所がいくつかある)。

独自のプログラム編成やPodcast・SNSなどの活用が功を奏して、新たな客層を開拓した渋谷らくご。だが、コロナ禍以降なかなか動員数が回復せず、興行として苦戦している様子が、いち観客の目からも見受けられた(渋谷らくごは毎回の来場者数をSNSで公開している)。

本来、来場者数を増やすためには、人気があって固定客の多い演者を呼ぶのが手っ取り早い。だが、そんな演者をブッキングするのは大変だし、コストがかかる。ふらっと当日券で観にきた初心者のため、空席を確保しておく必要もある。既存客でチケットが即完売したら、それはそれで渋谷らくごのコンセプトに反するのだ。

そこで、渋谷らくごはこんな作戦にでた。

二つ目の若手・三遊亭青森に5日間連続でトリを取らせて、伝説を作る。

ヤバい。

三遊亭青森さんは1990年生まれの落語家で、現在二つ目という階級の若手。同じ二つ目の中でも、キャリアとしては真ん中より少し若い。
渋谷らくごでは昨年あたりから出演頻度が増え、2022年の「渋谷らくご優秀賞 たのしみな二つ目賞」を受賞。今年に入ってからは、渋谷らくごのポッドキャスト「まくら」で高座音源が度々配信されている。会として(あるいはキュレーターのサンキュータツオさんが)完全に青森推しモードだ。

僕も主に渋谷らくごで青森さんを何度か観ていて、確かにユニークで面白い存在だと思う。
ロックバンドのMCのように客席へ語りかけ、時にアジテーションし、心の叫びをぶつけるかのような枕だけでも、他の落語家にはいないタイプだ。観客をグイっと引き込む、語り口の独特なテンポ感がある。
古典に新作、芥川龍之介作品の落語化など、どんなネタが飛び出してくるか分からないワクワク感もあるし、古典には「そんなアプローチしてくるの!?」という大胆なアレンジが加わっていて新鮮。古典の際の口調も、なんだか古風で上手い。
その一方、まだ落語家のキャリアとしてのキャリアが短めな分、粗削りな感じもある。先ほどの広瀬さんの記事で解説されていたような、「若手を見る面白さ」を体現する存在でもあるのだ。

とはいえ、この芸歴の二つ目に5日間連続でトリの回を設けて、それを目玉企画にするというのはチャレンジングだ。
今回は一応、「マイファーストキッス」「お藤松五郎」「死神」「地獄変(芥川龍之介原作)」「自選:創作らくご」の5演目が予告されてはいるが、どのネタをやるのかは分からない。他の出演者がトリの青森さんに向けてどんなネタを演じて、どんな流れが生まれるのか、どう転ぶのかも分からない。そこに、生で観る値打ちがある。

ということで、10月の渋谷らくごは青森さんが出演する回がイチ押しではあるのだけど、出演者が自作の落語を初出ししあう「しゃべっちゃいなよ」など、他の回も面白そうなので、この機会にぜひ足を運んでみてね。


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