好きな映画の中の好きな音楽の話②

前回はダラダラ宇宙とかネット記事のタイトルについてとか雑談をしていたら肝心のテーマが2本しか語れなかったので、最速で本題に入る。

「世界一キライなあなたに」というかなりダサい邦題の映画がある。原題は「Me Before You」。例によってあらすじはウィキペディアから剽窃する。

イギリスの田舎町で、ルーことルイーザ・クラーク(エミリア・クラーク)は失職を機に、交通事故で車いすの状態になってしまった青年実業家ウィル・トレイナー(サム・クラフリン)の介護と話し相手をする期間限定の職に就く。活力を失っていた当初は冷たい態度を取るウィルだったが、彼女の明るさに徐々に心を開き、二人は惹(ひ)かれ合う。そんなある日、ルーはウィルの秘密を知ってしまい……。(ウィキペディアより)

ちゃんと語るためある程度ネタバレをするので気を付けて下さい。この「ウィルの秘密」が本作のテーマなので、避けては通れない。






ここからガンガンネタバレします。四肢不随のウィルは尊厳死を選ぼうとしていた。前回触れたところの「Death With Dignity」ってやつですね。気づいたルーはそんなウィルの気持ちを変えようとするのですが、それは素晴らしい演奏会に行っても、楽しいバカンスに連れ出してもずっと変わらなくって、ルーはそのことに深く傷ついて一度ウィルから離れてしまう。結局最後にルーはウィルを看取りに行く決意をして、そこからラストまでの一連の流れがこの作品を問題作、そしてとても美しい作品として仕上げているわけなんですが。

私はジャンルを問わず雑多に映画を観るのですが、一番好きな傾向の作品に「親子や恋人などの愛し合うふたりが、死や予定に決められた終わりに向かって決して抗わず、残された静かな時間をいつくしんで過ごす」というものがある。「君の名前で僕を呼んで」もそうだし、古典で言えば「ローマの休日」の最後の方なんかもその傾向がある。たぶんこれはあとで触れるがギリシア悲劇にみられる人間観に起源を見いだせるんですね。そしてこのMe Before Youのラストまでのシーンなんかもまさにそう。ルーが妹に車を出してもらってウィルの元へ駆けつけるまでに、エド・シーランの「Photograph」がかかる。

動画はMe Before You 全編に関してのMADになっているので、全体の雰囲気もつかめます。ルーを演じるエミリア・クラークはめちゃくちゃ可愛いですね!目は口ほどにものを言うというが、彼女の眉毛はセリフよりも雄弁に感情を語りますよね。ゲーム・オブ・スローンズで主人公の一人を演じています。

愛を写真にしてとっておこう
思い出を二人の心の中に
眠りのない場所では
心はずっと一緒にいられるはずで
静かに時間は止まってる(拙訳)

この曲のかかるシーンはまずウィルのもとへ急ぐ車窓で始まる。トラックの外には山間の景色が広がって、ルーはそれをただじっと見つめている。このシーンで思うのは、限られた時間の中でのみ輝く世界があるということだ。こういう時に人は自然の美しさや日常にひそむきらめきにふと気づいて、それを一生忘れなかったりする。それが写真だ。

これからまもなくエド・シーランの音楽が色々な映画で使われる時代がやってくると思うと本当に楽しみでドキドキする。エド・シーランは涙腺ブレーカーだからね。一番好きなのは「What do I know?」で、これは今私の「葬式のセトリ」にも入っている。

この映画は尊厳死を扱っていてかなりポリティカルだったせいでそれだけ非難も集まったが、私はその姿勢に敬意を表したい。しかも、難しいテーマをあくまで重すぎず寄り添って描いて、ただの社会派ではなくドラマに昇華した。主張をうまくやっている。エンターテイメントの土俵でやっていくなら、映画芸術はこうあるのが一番効果的だ。



その、終わりまでの時間をいつくしむ系で一番好きな映画は「SOMEWHERE」。これはもう予告からして美しい。これだけでショートフィルム賞かなんか取れると思う。

これはたぶん私が勧めた人以外で観ている人はあまりいない。

ハリウッド映画のスター、ジョニー・マルコは、ロサンゼルスの高級ホテル“シャトー・マーモント”で生活している。パーティに明け暮れ、フェラーリを乗り回す彼の暮らしは、見た目は華やかだが、中身はどうしようもなく空虚である。
ある日、前妻から娘のクレオを一日預かってほしいと連絡を受ける。久々に会った思春期の娘をフィギュアスケートの練習場に送ってやり、ぎこちないながらも父親として接する。クレオとの一日は瞬く間に過ぎ、新作映画の取材、共演女優との情事、映画の撮影準備といった元の喧騒の日々に戻ることとなる。
そんな中、突然クレオが一人で、ジョニーの部屋にやってくる。母親がしばらく家を空けるのでサマーキャンプに行くまでの間、部屋に泊めてほしいというのだ。“シャトー”での父娘の暮らしは穏やかに過ぎていく。プールで泳ぎ、TVゲームではしゃぎ、一緒に食事をしながら他愛ない会話を交わす。 ジョニーは、クレオと過ごす日々の中で、いつのまにか忘れていた何かを取り戻しつつあった。しかし、クレオがキャンプに出発するまでの時間は少なくなっていく。(ウィキペディアより)

この映画は観る人を選ぶ。前回の「シング・ストリート」は自信をもってアノニマスにお勧めできるが、これは敢えてそうはしない。劇的なことは何も起こらないし、冗長ともとれる間延びした時間の切り取り方はともすればめっちゃ退屈だからだ。まず出だしから高級車がコースを十数周するシーンを延々見せられて困る。だけどその分長回しの間の取り方はまるでホームビデオのようで、聴衆に対して良く感動的に見せようとしていないからこそ、あくまで日常の中の自然体な親子のやり取りを覗いているような感覚になる。

私はソフィア・コッポラ監督が一番好きで、作品は最新作を残して全部見た。彼女は説明のつかないエモーションを描くのがとてもうまい。そして、音楽のセンスがめっちゃくちゃいい。

天使以外の形容詞が見当たらないくらい透明でかわいい(!)エル・ファニングの演じるクレオが作中でフィギュアスケートをするシーンがある。

これをズームもなしにまるまるカットせずに映画にいれちゃうあたりが映画SOMEWHEREの特徴を如実に表しているんですが、この曲はこの曲でとってもいいよね。ファンキーな妖精が歌っているみたいな声だ。クール、というフレーズが耳に残るがそのままグウェン・ステファニーの「Cool」という曲だ。元カレに宛てた、「昔はいろいろあったし別れはつらかったけど今の私たちってとってもクールよね」という感じの。たぶん実体験に基づいてるんだと思う。そうでなきゃこんな歌詞は書けない。

あの頃は絶対に無理だって思ってたけど
もうあなたは私を新しい名字で呼べるのね
思い出が昔に感じる
いつだって痛みは時間の中で和らいでいくものだから

この二行目(Now you call me by my new last name)ほどいろいろつまっていて想像を掻き立てて、しかもすぐに何を指しているかわかるフレーズなかなかない。「私、もうあなたの新しい彼女と遊びに行ったりもできるわ」なんて歌詞もあったりする。これを吹っ切れた失恋ソングと取るか、言葉の裏にうらがえしの未練を感じ取るかは聴き手の自由であって音楽体験の振れ幅の広さだと思うけど、私はわりと額面通りに受け取るタイプなので良かったね、という気持ちで聴いている。

なぜこのシーンにこんな歌を持ってきたのかは私にはわからないが、そのほうがかえってそれっぽくていいよね。私は映画に関してはだいたい自然主義な立場をとっている。現実は全部に伏線があるわけじゃないし、解釈がつかないことの方が圧倒的に多い。だからこそ奇跡やここぞのメタファーは際立つ。

物語の中で奇跡を奇跡として扱うのは難しいですね。創作である時点でそんなものいくらでも好きに描けるわけだから、その奇跡にまつわる登場人物のエモーションをうまく描けないことにはそんな奇跡は失敗でご都合主義だと言われてしまう。ドキュメンタリー映画において奇跡は主題にはなりえないのだ。あくまでも奇跡とはユーモアセンスだ。

私はあ~こういうのわかるな、みたいなシーンばかりが頭に残る。「東京家族」でおばあちゃんが死んで、病院の枕元で「あらやだ喪服どうしようかしら」なんておばさんが言ってるシーンとかを鮮明に覚えている。


ソフィア・コッポラに関しては他の作品も全部素晴らしいのですが、好きな序列関係なしに語るに選ぶなら「マリー・アントワネット」だ。

歴史ものなのにロックチューンが使われている作品には名作が多い。「グレイテスト・ショーマン」も19世紀のアメリカの話なのにダブステとかでキメキメだったからウケた節もある。この「マリー・アントワネット」もPVを観てわかる通りバキバキに現代音楽を使っていてかっこいい。スイーツやファッションに溢れていて一見恋愛映画だが、他のそれと違うのはマリーアントワネットがちゃんと夫を愛していながら普通に不倫とかするところだ。それを国王から咎められることもないし、不倫が原因の悶着すら起きない。現代でやったら意味不明でポリティカルに悪いとか怒られる。でもそれでいい。なぜなら愛という点において、この時代の価値観を現代の尺度に当てはめようとしているのが間違っているからだ。歴史について考えるときは十分に注意しなければならない。過去のものごとを深読みする際には現在との尺度の違いを考慮に入れなければならないという論法は、さんざん大学入試の評論で触れてきたはずだ。

だが、この主張もまたあやうい。違いを自覚するのはかえって差別とかどっちがエライとかそういうヤバイ思想に繋がるかもしれないというやつだ。
最初の方で好きなジャンルについての話をするときに「ギリシア悲劇」というワードを出した。決められた運命に抗わず残りの時間をいつくしむ、というやつだ。ギリシア悲劇において、登場人物たちは人間はいつか死ぬぜみたいな運命になんとか逆らおうとするが、その中でもかしこいやつらはいちはやく運命には逆らえないことに気づいて、神の手に人生をゆだねつつ、残りの人生を謳歌しようみたいな名台詞を吐いたりする。ハイデガーのいうところの「先駆的決意性」というやつだ。

私にはソポクレスの「オイディプス王」をトイレ本にしていた時期がある。トイレ本というのはトイレで読む本のことだ。

テーバイの王オイディプスは国に災いをもたらした先王殺害犯を追及するが、それが実は自分であり、しかも産みの母と交わって子を儲けていたことを知るに至って自ら目を潰し、王位を退くまでを描く。その包み隠すことなき直線的な演劇手法は、アリストテレスの『詩学』をはじめ古くからさまざまな演劇論で悲劇の傑作として評価されてきた。

エディプス・コンプレックスの語源にもなった話ですね。ちょう薄いので構えるでもなく読みやすい。この戯曲を読んで一番驚いたのは、この戯曲がめちゃ面白かったことだ。これはマジ。紀元前500年の作品なのに現代に遜色ないくらいの臨場感のあるサスペンスだし、徐々に謎が解き明かされるシーンにはキングスマンかくやというくらい手汗を握った。そしてそんな自分にかなりびっくりした。

私は無意識にかなり紀元前のギリシア人を舐めてかかっていた。エジプトの壁画は全部顔が横向きでダサくてプリミティブを感じる。そんなかんじで昔の人の価値観を理解できないばかりに、紀元前のギリシア人の感性をしょせんはホモサピエンスの進化の手前のほうだとどこかバカにしていた。まったく期待せずに手に取ったオイディプス王を読んでから私は進歩史観を完全にやめた。

ちなみにギリシアの戯曲には「コロス」と呼ばれる合唱隊がいて、歌で合いの手を入れることで劇に華を添える。おもしろいので私の人生にもコロスを置いてここぞのときに歌ってほしい。

映画「マリー・アントワネット」には遊び心で、王女がたくさんの高級な靴の中から今日の履物を選ぶシーンにこっそりコンバースのスニーカーがまぎれている。なんてチャーミングなギミックなんだろうね!そして、歴史を解釈するにおいてけっこう大事なことがこのユーモアにひそんでいる。じぶんの主観には自覚的であらねばならないということだ。それから表現者がこれは私の解釈ですよ、とこうして示すことは、主張と裏返しのきわめてきれいな予防線にもなるし、過去に生きていた人に対して謙虚な姿勢を示すことができる。

ちなみに主演のキルスティン・ダンストはエル・ファニングと並んで一番好きな女優の一人だ。米ネットフリックスが今年彼女のMADを作った。



今回も脱線して頭を遊ばせていたら2本しか主題の映画を紹介できなかったが、正直こういうあっちこっちな書き方が自分で気に入っている。物知りって感じがして単純にかっこいいよね。私はかなり広範囲のコンテンツに触れている方だからこういうことができる。
そこで今回はつとめていろんな話をするよう心がけてみたが、意識的に話を飛ばしまわるのはちょっと難しかったですね。でもスタイルはぶれても大事なのは書き続けることだ。


Life is like riding a bicycle. To keep your balance you must keep moving.

これはアインシュタインの言葉で、Life is like~で始まる無数の警句のなかで一番好きなやつだ。

前回のフィードバックはツイートに13いいね、1RTくらいだったがこれは大体想定していた通りだ。私がこうして赤裸々に長文を語る物珍しさがそのうちの半分だ。私はツイッターではつとめて自分の思想と感情をストレートに表に出さないようにしている。だが前回は自然保護とかネット記事の危険性とかの講釈を偉そうに垂れた。そういう物珍しさだ。

思想とはこれまで読んだり触れたりしてきたいろんな前任者の産物の集合体だ。写真を敷き詰めて、遠くから見るとゴッホとかの一枚絵になっているようなアートがある。これと同じだ。だから舶来の高級な絵の具を自慢したところでそれはその人自身の思想を語ることにはなりえないが、大学生にも大人にもそういうどっかからの借り物の思想をさも自分の功績のようにツイートする人が多くてダサい。だから表現者はコラージュ写真の解像度を上げて全体像の輪郭をできるだけ滑らかに見せるためにできるだけいろんなものをインプットし続ける努力をしなければならない。その限りにおいて、われわれは自分の言葉で語ることが許されるんですね。

三つ目の記事を上げるころには読む人は5~6人くらいに減ると思うので、そのあとにアイカツ!の話とかしたいですね。私は初期アイカツ!が大好きで、霧矢あおいちゃんに恋をしていた時期がある。

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