[短編小説] 他には何も見つからないから

明けないで欲しいと願った夜が、ゆっくりと、1日の始まりに向かって白んでゆく。
さっきまで隣に座っていた君の甘い残り香が、無防備な僕の鼻腔に忍びこむ。

僕の右手には、冷たくなったミルクティーの缶。

そんな甘いの、よく飲めるね

君が笑いながら僕をからかっていたあの日が、まるで遠い昔のようだ。
ぐい、と一口含むと、いつもの甘ったるい後味が口の中いっぱいに広がる。

君が最後に見せた泣き出しそうな笑顔が、僕の脳裏に焼き付いている。
ありがとう。
消え入りそうな声でそうつぶやいた君は、ベンチを後にした。
どんなに君のことが大切か、思い知った夜。
でも、君はここにはいない。

僕には言えなかった言葉。
ずっとそばにいて欲しい。
君を離したくない。

僕はただ黙って、去ってゆく君の背中を見つめていた。
僕にはそれしかできなかった。
君を縛りつけることなんて、できなかったんだ。

君の後ろ姿が滲んで小さくなっていくのを、僕はただ、見つめていた。
僕の手が情けないくらいに震えていたのは、11月の冷たい風のせいだけじゃなかった。

追いかけて、君を力一杯抱きしめられたら。
でも僕にはできなかった。
どうにも留められない情けない僕の感情に、ただ身を任せるしかなかった。

僕のそばで、いつも微笑んでくれた君。
僕が勇気を出して君を選ぶことができれば、今でも君は、僕の隣で笑っていてくれたはずだった。
でも僕は、こんな情けない自分をこれ以上君に見せたくはなかったんだ。

僕に残されたのは、冷たくなったミルクティーの缶と。
君を愛していたという、確かな想いだけ。

感じたことを心に留めよう。
忘れないようにそっと目を閉じる。

他には何も、見つからないから。


thanks to
Takuya Kumekawa
"うしろすがた"







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